しあわせになりたい しあわせになりたい あなたとしあわせになりたい あなたのしあわせになりたい だからつれてって とおくまでつれてって ラジオからノイズもなく流れる歌は、正しく妖精のそれだった。 羽の生えた、長い髪の女は常に朗々と歌い続ける。 しあわせになりたい しあわせになりたい。 ルルーシュは、目を細めてラジオから流れる歌を聴いていた。 あなたとしあわせになりたい あなたのしあわせになりたい。 目を伏せて、起き上がる。素晴らしいタイミングで、目の前にティー・ソーサーが置かれた。 「随分お気に召したようですねぇ」 家でも白衣姿の男は、軍属だった。アイスブルーの瞳を笑みにして、繰り返す妖精へ視線を移すことなく斜め前へと腰掛けた。 細い弦へ手を伸ばし緩やかに口をつければ、今日のお味はどうですか? と、楽しそうな声。 悪くない。短く返せば、微笑まれた。 「そういえば、茶菓子切れていたな」 「ここのところ、お忙しかったですからねぇ。また作っていただけます?」 「またプリンでいいのか? 相変わらず好きだな」 「だぁって、美味しいんですもん!!」 晴れやかに笑う男へ、ルルーシュは肩をすくめるけれど首肯する。 じゃあとばかりにリクエストを連ねられれば、現金なものだと呆れたような感心したような表情。 「忙しかったのは、お前もだろう。兄上から頼まれていた、兵器召喚装置(モデム)の開発は終わったのか」 「そっちは終わりましたよぉ。可変式とか色々無茶言ってくれるから、現行品は弄くり倒しましたけど。僕としては、さっさと本業のKMF開発に戻りたいんですけどねぇ」 「最高評議会の頭の固さは折り紙つきだからな、しばらくは副業と割り切ることだ」 言われて、つまらなそうに唇を尖らせるけれど短く主から名前を呼ばれれば大人しく返事をした。 とはいえ心底からの不満は、うっすらと雪のように積もっているらしい。 理性の納得だけで終わっていることは、誰の目にも明らかだ。 「第一、上から嫌われているお前の案があそこまで動いたこと自体が異例だろう」 「そりゃあ、シュナイゼル閣下が後ろいてくださいますからねぇ。あの人、我が君には甘いですもん。そうじゃなかったら、最初の軍法会議で死んでたでしょうけど」 「は確かに兄上は俺に甘いが、劇薬的だからうれしくない」 「あっはぁ! 今頃きっと泣いてますよぉ、あの人のことだから」 けらけらと笑っていれば、電話のベルがジィリリリン! と威嚇するようにワンコールだけ響いた。 顔を見合わせて、再度笑いあう。 この部屋があらゆる場所から監視され、盗聴されていることなど、百も承知だ。 だからといって、軽口を叩くことをやめるはずがない。 「なぁ、ロイド」 「はぁい?」 「この歌の女は、確かにふしあわせだな」 「はい?」 とりかごのとり とべないとり なけないとり ひとりきりのとり 妖精は歌う。約束の場所で、あなたとしあわせになりたいのだと。 紫色の瞳をとろりととろかせて、ルルーシュは笑う。 「不幸といわれるものを、見つけるのも悪くはないのに。そんなことも知らないなんて」 「陛下……」 「少なくとも俺は、お前を見つけた」 黒髪の王の視線にさらされた男が、小さくどこか困ったように微笑む。 それは、彼をよく知る人間からしても驚くような表情。 白衣を綺麗に捌いて、テーブルを迂回するとラグの上に膝をつく。 先ほどより少しだけ近い主の瞳を下から覗き込むようにして、ロイドは彼の手の甲をとった。 そこに刻まれているのは、呪いだ。 あるいは、種別であり祝福であり終焉かもしれない。 五つ葉の刻印。 数年前には、三つ葉は二人いた。四葉が一人いた。 秘匿された五つ葉が、何人いたのかロイドは知らない。 彼の肩甲骨にも、葉は刻まれているがそれでも軍に所属するだけで一定の自由は得られた。 二つ葉は、不吉の象徴ともされる。転じて死を連想されるもののためか、軍は不吉を撒く存在として二つ葉を多く有していた。 「待っているだけで、しあわせになれると信じている」 触れる皮膚の感触に、薄い笑みを刷いていたルルーシュが片手で器用の男の眼鏡を奪った。 抵抗などあるはずもなく動かないでいれば、すぐに視界がぼんやり滲む。 それでも、主の姿だけは明らかで鮮やか。 「連れて行ってと願うだけで、しあわせになれる」 妖精は歌っている。 「嗚呼、しかしそうか。四葉のクローバーは誰もが求める。求めて、争われる。しあわせにしたい誰かのもとへ行きたくても、ただしあわせにするだけのクローバーは無力だ」 それはふしあわせなことかもしれない。だから、しあわせになりたいと願うのかもしれない。 歌うように言って、立ち上がる。 ブラインドの向こう側は、雨が降っていた。 人工の猫がにやりと笑い、遠く遠くけぶるような世界に映るのが今はもう廃墟になった妖精遊園地(フェアリー・パーク) 「大丈夫ですよぉ、陛下」 肩口に振り返られることなどないけれど、気にした風もなくロイドはぱたり、ぱたり、スリッパを鳴らしながら細い主を腕へ抱き込む。 身じろぎもしない相手へ、もう一度大丈夫と笑って。 「二つ葉のクローバーなんて、誰も見向きもしませんもん。僕はあなたのものですからぁ」 だから大丈夫。 ルルーシュの手が、ブラインドをかしゃんと弾く。 妖精は歌っている。 しあわせになりたい しあわせになりたい あなたのしあわせになりたい あなたとしあわせになりたい だからつれてって ここじゃないどこかへ 此処でなければ出会えなかった二人には、もう妖精の歌は届かないまま。 雨音だけが耳について、離れない。 *** ギネス的には56枚のクローバーが今のところ最高らしい。 |