ぴたりと閉め切られた部屋の外は、陽光が明るく白い壁や石畳を照らしていた。
 森の緑は深みをましていっそ黒々なっており、夏場の激しい暑気が伺えるようである。
 けれども、室内はぴたりと冷え切り時間など無いかの如し。
 アナログの時計は無音で秒針を走り回らせ、経過など気づかせもしない。
 カタン。
 冷えた石の音が、室内に響いた。
 すぐに、カタン。と声が返される。
 そうしてまた、しばしの沈黙。
 赤い瞳をした二人の王は身動ぎせず、ただ静かに盤面を見つめていた。
 一人の王は、客人だった。
 一人の王は、主人だった。
 静かな部屋で、チェス駒たちだけが会話をする。
 ややあって、黒髪の美丈夫が傍にいるライガーへ手指を埋めた。
 鬣を擽られるように撫でられて、愛でられることに慣れたライガーは猫のように喉を鳴らす。
 ぐるぅううう。低い声音に満足したかのように口元を緩めれば、ビショップが動いた。
「チェック」
 告げたのは細面の、赤い瞳をした魔王の少年。
 闇の体現のような男と対するには、まだ幼さが抜け切れていない美貌である。
 ルルーシュは、白いナイトを手に嫣然と微笑んだ。
「白を渡されるのは、久しぶりだった」
 大抵の場合、白い駒は挑戦者へ渡される。下位者の証だ。
 彼の近辺には自身より強い打ち手は殆ど存在せず、常に黒い駒を掴み続けた。
 褐色の肌に走る火傷の痕を歪めるように男は笑って、ただ、そうか。と短い一言。
「Signore XANXUS」
 現地人もかくやという、完璧な発音に下町生まれとはいえ帝王学と上層教育を叩き込まれた男は目を細めた。
 それだけで、野性味のある精悍さが薄まりオペラ座の紳士のように伺えるのだからどこまでもずるいというもの。
「私も、チェックだ」
 カタン。
 どうあっても、後は互いに駒の食い合いになるだけ。
 続けるには盤上が美しくないことなど、百も承知の男たちはそれで視界をモノトーンから相手へ移しあうことにした。
「外はずいぶんと、騒がしいようだが」
「イタリアマフィアの、新しい王の誕生だ」
 元々ボンゴレは治安維持を第一とした、自警団の集まり。
 その過程で集まった人間たちはなにかと問題を抱えていたが、それでも街の住人たちにとって新しいボスを招くということは祭りと同義。
 まして夏ともなれば、騒がぬ道理はないだろうと。
 夜をぴったり纏わせた闇色の王は、怠惰なライオンもかくやという表情で欠伸をした。
 隠すこともせず、失礼、と短な詫びにの言葉には余裕が溢れている。
「日本の、まだ幼い子供ときいたが」
「テメェと大して変わりゃしねぇ」
「では十二分に、若いということだろう」
 王と立つには若すぎる自覚があったとルルーシュが静かに笑えば、紅玉の瞳を皮肉げに揺らすばかり。
「哀れな話だ」
「誰が」
「無論、若い王が」
 ダモクレスの剣。
 玉座の上には髪一本で吊るされた剣。いつ落ちるとも知らぬそれが、常に頭上にあるということ。
 玉座に就いたからには、逃れられず。
 まして、個人としてあらゆることは後回しにされる。
 好きな女とも愛し合うことも、あたたかい食べ物を食べることも、気ままな外出に出ることも、出来なくなる。
 振るいたくない暴力も、したくない利用もすべて、義務として双肩へかかる。
 それが権力の椅子に座るという、ことなのだ。
 ルルーシュは、全てを昇華するために椅子へ就いた。
 ザンザスは、その立場となっても苦しまぬよう教育を受けた。
 二人とも、真実玉座に座ることはなかったけれど。
「同情をしてやれ」
「覚悟を決めて就いた椅子に座る相手へ、同情を?」
「覚悟など、あってなきが如しだ。長年闇に染まって、それでも逃げ出したがる人間をごまんと見てきた」
 ごまんと殺してきたと、厚めの唇から洩らされる嘆息にルルーシュは微笑み返した。
「抗った結果だというだろう、実際納得出来ずに抗った結果なんだろう。そうして利用された、末路だ」
 仮にもイタリアマフィアの大ボスが、優しいノンノなわけがなかろうと。
 男は笑いもせず、吐き捨てもせず、ただ事実そうなのだと語るように淡々と口にした。
「ボンゴレ九世は本当に、無駄なことをする」
「なに……?」
「血の継承で滅ばなかった例は、殆ど無い。どこかで、その因習を切り捨てねばならなかった。今は、丁度良い節目だったろうに」
 炎という特殊技量が必要ならば、目の前の男はそれこそ薬も特殊な弾丸も使わず扱うことが出来るという。
 まして、教育は施され王たる資質も十分。
 内外に実子と知らしめているなら、その後の根回しも不要。
 加えて男には、十年自身の地位を守りきったという実績もあった。
 伝統あるマフィアに、本来ならば三下の使い走りが精々の若者が就く。
 しかも今まで黒社会に殆ど触れることなく、更には初代の血を引いているとしても微々たる物。
 そんな火種にしかならない存在を新たに招くより、因習を打ち破ってしまうほうが余程建設的だったのに。
「新たな王は、私のチェスの相手に相応しいか? Signore XANXUS」
「まずは駒の配置から教えてやるといい」
 低く喉奥で笑って、ザンザスは赤い目を細めた。
 超直感を否定する気はさらさらないが、ただ感覚だけでは勝てない戦いというものがある。
 それが戦術で、戦略で、戦争というものだ。
 いくら直感が鋭くても、それだけでは生きていけるはずもない。
 闇を引きずる男は、楽しそうに笑う。
 魔王は二人、無言でゲームを再開した。


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 C.C.様は本場のピザを貪り喰らいに街へ行かれております。←


零れ落ちた王冠




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