いつか、涙が止まるかもしれない。
 いつか、涙は枯れるかもしれない。
 いつか、涙は終わるかもしれない。
 いつか、涙が救えるかもしれない。
 そんないつかを、願って越えた年月は結構なものになっていて。
 ナナリーは、世界の態勢が整うのを待ってブリタニアを分割、民主国家へ移行させ小さなひとつの女王へと退いた。
 国政は穏やかで、内政は安定している。
 そのためかぼんやりする時間が増えたと、聞いたのは咲世子経由でだ。
 彼女は今も、ナナリー専従のメイドとして働いている。
「お久しぶりです、ゼロ」
 車椅子の上で微笑む姿に、ゼロ――スザクは、嗚呼、と、感慨深く彼女を見やった。
 痩せた。
 第一印象が、それである。
 ロジーブラウンの、穏やかなドレスは彼女が皇帝位に就いた頃よりも柔らかなピンク。
 年頃を考えれば少々地味過ぎるきらいはあるが、黒白でまとめないだけ良いだろう。
 オデュッセウスやギネヴィアなど、多くの兄弟が亡くなったのは随分と前の話。
 生きている兄弟はコーネリアとシュナイゼル、それにエリア総督として着任していた何人かの兄弟のみ。
 今更、喪に服す姿をするのはおかしなもの。
「久しぶりだ。ナナリー・ヴィ・ブリタニア。健勝のようだな」
「えぇ、おかげさまで」
 笑うけれど、笑みに覇気はない。
 緩やかにゆるやかに微笑む彼女は、平和そうではあるけれど、それでもしあわせそうではない。
 当たり前かと、スザクは仮面の奥で柳眉を寄せた。
 彼女の幸せは、兄と共にあった。
 彼女の幸せとは、兄といる世界だった。
 この世界に、ルルーシュはいない。いつの日か、自分が否定したように。
 世界はまるで、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアという悪夢を忘れるように積極的に彼の存在を否定していった。
 ただ、悪行を呪う存在として残して。
「超合集国連合の様子は、如何ですか」
「ブリタニアが小国としたことで、世界唯一の超大国というものが消えたからな。政治的混乱は、残っている」
「EUに、まだ幼い方が立ったと聞き及んでおりますが」
「耳が早い」
「帝位は退いたとはいえ、わたくしもまだ政治の前線に身を置く立場ですもの」
 にこりと微笑めば、先を促される。
「中華連邦の天子を真似る形といえば、それまでか。EUの内部もそれなりに落ち着きは少ないらしい」
「天子様には、補佐の方もしっかりしていらっしゃいましたし……。なによりゼロ、あなたと結ばれた同盟の最高責任者という実績がございましたけれど」
「あの国からそういった話を、もちかけられてはいないが。議長である、神楽耶殿には幾度か話が通されている。彼女もその件で、何度か足を運ばれているご様子だからな」
「まぁ。あの方の目で安心と仰るのでしたら、そうなのでしょうね」
 膝の上で手を重ねて、微笑む。
 ふわふわと長い髪はゆるやかにまとめられ、穏やかさそのもの。
 けれど瞳に光は弱く、生気は乏しい。
 世界が平和になればなるほど、安定の道を進めば進むほど。
 彼女がふさぎこむ時間が増えていることを、察してはいた。
 考える時間があるというのは、幸福であり不幸だ。
 自分がそうだから余計にわかるが、無意味なことも過去のことも考えられてしまう。
 目の前に難問が山積みであった時にほうが、まだ様々なことを投げ出さないで考えられたのに。
「ゼロ」
「なにかな」
「これからも、世界を共に見守りましょうね」
―――お兄様が願われた世界を。お兄様が願われた平和を。お兄様が求められた明日を。
 崩して、なるものか。
 言葉の裏には、EUが人形を立てるつもりならば超合集国連合を動かせというのが秘められている。
 無論、表にはださない。
 面になど晒さない。
 花のように微笑む彼女は、花のように萎れていく。
 ただ、砂糖水に入れてやれば多少の元気は取り戻すだろう。
 その砂糖の名前は、最愛の兄が願った平和を守り通すという鋼の意思で。
 狂気そのものかもしれないけれど。


***
 ルルーシュが死んで、ナナリーが心の底から仕合せになれる時がくるとは未だに到底思えない。


甘い呼び水




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