ころりと横になって、女はぐだぐだとなにをするでもなくのんびりしていた。
 一年。
 言葉にすれば短く、実際もさほど長い間ではなかったし、彼女の長い生の中では瞬きのようなものだったがそれでも密度も過酷さも違った。
 最悪が更新されたとは言わないが、それでもそれなりに面倒だったのは確かである。
 やっと得た休息を味わわない愚か者はいない。
 そんな態度で、ゼロに任されたいくつかの案件をこなす以外はごろごろとベッドと仲良くなる魔女は非常にリラックスした態度であった。
 パソコンに向かって、凄まじい速度でキーボードを叩くルルーシュとは対照的である。
 いい加減データをまとめ終えて寝たいのだが、彼女が大の字で寝転がるのでは倒れこむことも出来はしない。
 深いため息をついて、枕元に仁王立ちになる。
「どうした? ルルーシュ」
 寝るか? 問えば、寝るからどけと短く威圧的な言葉。
 どうやら本気で疲れて眠いらしいことを悟れば、魔女は半身を転がして壁際へ寄ってやった。
 そこへ身体を滑り込まれれば、本来一人分しか重みを支えるように出来ていないベッドが無理をさせるなと文句を上げる。
 無視をして、目を伏せかければ思わず眉が寄った。
 目の前には鮮やか過ぎるほど、鮮やかなライトグリーンの髪。
 明るすぎて煩わしい、とばかりに、視界から避けようと手で払おうとして。気がついた。
「……C.C.」
「なんだ。私はもう眠い」
 くぁあ、などと、わざとらしいあくびをさせながら肩口に振り返る魔女はなるほど確かに腕のなかにチーズ君を抱いてご満悦の様子。
 けれどもひとつ、考え込んだ後、ルルーシュはおもむろに口を開いた。
「枝毛だ。髪が痛んでいるぞ」
 沈黙がひとつ、二つ。
 三つ目を数える前に、跳ね上がって毛先を指先でまとめて広げてみる。
 金色の瞳が、わなわなと開かれた。
「……ありえない……コードを宿して幾星霜、私の髪が痛むだなんて……!!」
「胴回りが太ったとも言っていただろう。不老不死とはいえ、髪なんて末端の細胞劣化にまで影響していないんじゃないか?」
「だったら当の昔に白髪だろうが!」
 ピザ絡みではないというのに、声を荒げるC.C.に珍しいものでも見たかのような視線をやって。
 提案するのが、あまりに単純なこと。
「切りそろえてやろうか?」
「……なに?」
「お前、俺の救出にカレンと二人でブリタニアから逃げ回っていたんだろう。そのせいで、生活が荒れたんじゃないのか」
「フン。契約を履行させるためなら、あの程度」
「その割には、ピザで俺のカードはとても軽くなったが」
「迷惑料というなら、もう貰っている」
 苦労をかけられた結果なわけではない。言外に、魔王のせいではないと言い切る女へ小さな笑みを落とす。
 それから、掛け布団が跳ね除けられたままでは寝られないと身体を起き上がらせた。
 不意に伸ばされる腕に、柳眉が寄る。
 しかしルルーシュは気にした素振りもないまま、C.C.の形の良い頭を撫でた。
「せっかく綺麗な髪なんだ。手入れはしないと勿体無い」
「お前が言うか? 伸ばしたらストレートでそれは美しい様になるだろうよ」
「どうだろうな。母さんの遺伝が黒髪なら、髪質も遺伝していておかしくはないはずだが」
 ナナリーはくるくるしていて、ふわふわだ。
 指先の感覚が覚えているのか、撫でるようにC.C.の髪に触れていた男の指先が柔らかく曲げられる。
「ま、父親似の線もあるが……。そうだな、どちらかといえば、お前はあの男の兄に髪は似るかもしれん」
「あぁ……、系図でしか知らんが。いたらしいな、あの男にも」
「そうなったら……ふむ、だがまぁ、それもそれで味か」
 不意に出された、この世で一番嫌う男の存在をちらつかされ露骨に嫌な顔。
 もっとも気にしてやるような魔女ではなく、次の興味対象に移ったのかにやにやと笑っている。
 額部分に集まる視線が、なんとなく嫌なものを孕んでいると感じるのは気のせいか。
「なんにせよアレだ。せっかくまっすぐそんな長く伸ばしているんだから、手入れのひとつでもすれば良いだろう」
 痛んでいるのは毛先だけで、これならすぐに直るだろうとようやっと髪から指を離して言われ。
 ならばと、何事か思いついた表情がどうにも企みを宿す笑み。
「整えろ」
「……は?」
「私の髪をだ。トリートメントもきちんと揃えてもらうが、枝毛にまで養分をくれてやるつもりはない」
 毛先だけを切りそろえろよと。なんとも上から目線の要求。
「俺で良いのか」
「刃物を持って、容易に後ろに立たれたいか?」
「……同感だ」
 いつでも殺される位置じゃないか。死なない女が金色の目を細めて笑う。
「梳きバサミは、クラブハウスだ」
「とってこい」
「鋏だけを取りにか? 呆れた傲慢さだな」
「そうとも、私は」
 髪を打ち払いながら、お決まりの台詞は。
 どこまでも堂にいっていて、魔女そのもの。


***
 多分、ルルが髪切ってあげたりを自分でやるのは元々暗殺予防じゃないかと。


女が髪に触れさせる理由




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