ひどく我侭を言って、その曲を弾いてもらったことがある。
 会長と、シャーリーと、カレンと、ルルーシュ。
 音楽室を借り切って、第二音楽室と講堂のグランドピアノを持ってきてまで弾いて貰った。
 最初にシャーリーが脱落し、次にカレンが弾ききれるわけないでしょう?! と苦い顔をし、直後に会長が指がまわらないと笑い。
 そして最後まで、ルルーシュが弾ききってくれた。
 もう、音数は足りないから最低限のメロディラインだけで随分簡素な音になってしまったけれど。
 かなしいような嬉しいような気持ちが、満ちていた。
 もう一回。だめかな。もう一回。
 強請ったら、物凄い嫌な顔をされた。
 シャーリーもカレンも、会長もお手上げとばかりにする中、途中から咲世子さんに車椅子を押されてやってきたナナリーが、じゃあ私が歌います。と言ってくれて。
 お前のためじゃない。ナナリーにはじめから聴かせてやりたいからだ。
 唇を尖らせながらも、鍵盤の上へ白い指を置いてくれた。そのおかげで、僕はまたあの曲を聴くことが出来た。
 あんまり僕が強請るものだから、腕二本でも弾けるアレンジを編み出してくれた。
 懐かしい曲がある。
 今、聞きたい。
 君の心臓の音が、とても身近に感じる今、聞きたい。
 弾いてくれないかい。ルルーシュ。
「ぁ………ぁあ」
 仮面の奥で、泣き声が漏れた。
 必死で歯を食いしばって、声を堪える。涙はもう、溢れていた。
 やはりこの仮面は欠陥品だ。君を刺し貫く、君の最期の姿さえ、涙が邪魔をしてぼやけてしまう。
 拭いたくても、仮面が邪魔で拭うことも出来ない。
 掠れた声が僕の耳に届く。
 仮面越しに指が這わされれば、仮面にさえ嫉妬した。
 最期のふれあいなのに、僕の顔は、指は、肩は、腕は、君に一欠けらも触れることを許されなくて。
 僕の心にだけ、君が住まうことになってしまう。
 目の前がかすむ。それだけの絶望を、どうして自分から引き起こそうとしていたのかわからない。
 僕らが求めていたのは。最初に、ほしかったのは。こんな結末じゃなくて。
 当たり前のことで。
 君がいて、ナナリーがいて、僕がいて。
 あの暗い土蔵で、それでも三人で過ごす当たり前の日常だったのに。
 泣き叫ぶことも出来ない。絶叫することも出来ない。嫌だということも出来ない。
 これ以上、ルルーシュから失望されるなんて出来ない。
「だいじょうぶだよ、スザク」
 酸素が回っていないせいだろうか、真っ白になった顔が視界の端の端に、映った。
「俺たちは、明日を手に入れるんだ。当たり前で、当たり前じゃない、明日を」
 呪われた――願われた――者にとっては、無害な赤い瞳が少しだけ瞬いた気がする。
 うっすらと笑まれた唇は、だいじょうぶだよ。と繰り返してくれた。
 なにが、大丈夫なの。
 言葉は声にならなかった、届くことはなかった。
 届けてはいけない。誰にも。世界にだって、知られてはいけないのだ。
 だから、スザクは口を引き結んで英雄になる。
 犠牲が出るしかない世界、犠牲を出すしかない世界。
 それが当たり前の日常として、笑い声をあげる世界。
 悪が滅んだと笑う人々の歓喜を一身に受けて、スザクは高らかに絶望した。
 あの曲が聞きたい。
 こんな歓声が、欲しかったわけじゃない。
 君がいるだけで良かったんだ。
 その言葉は、ナナリーだけじゃない。
 僕だってそうだったんだ。
 気づいて遅いのは当たり前で、痛みさえ抱えて往くことが出来るのは贅沢な話なんだろうか。
 隠した罪を受け入れられたことで、子供の僕は報われた。
 受け入れられてもその傷に触れて利用されることで、成長した僕は救われた。
 あの曲が聞きたい。
 ただ聴いてるだけじゃなくて、今度はちゃんと連弾に僕も参加するから。
 教えて欲しい。
 そうしたらきっと、もっと、近くで眉間に皺を寄せながらそれでも段々優しい顔になっていく君を見られる。
 もうどこにもいないとわかっているから、夢ばかりが頭の中で火花を散らす。
 あの曲が聞きたい。
「だいじょうぶだよスザク。ちゃんと俺は、お前の傍にいるだろうが」
 届くはずもない。
 彼はすでに、最下へ滑り転がり落ちて骸を晒している。
 だから、これは都合の良い願望でしかない。
 それでもルルーシュの声を、スザクは聞いた。
 あの日陽だまりでピアノを弾いてくれた、やさしい笑顔でを浮かべて。
 心臓の鼓動は、あの曲を奏でている。


***
 腕8本ないとこの曲弾けるように出来ていないらしいです。


Lambency




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