「ねぇ、魔女殿?」 「なんだ? お前が私に話など珍しい」 呼び止められて、女はさらとライトグリーンの髪を揺らし向き直った。 白衣姿の男は宮殿にも多くあれど、魔女に躊躇なく声をかけられる人間など限られている。 ロイド・アスプルンドは、数少ない一人だ。 科学者という立場でありながらオカルトの塊のような魔女を、実例として存在するから。ただその一点のみで、認めている。 「コードって、もう君らが持っているだけなのかなぁ?」 「……なに?」 「コードだよ。CODE、不死性の力の根源、Cの世界への接続端子、無意識の海へ還ろうと自我を保つ武装、神性への親和性」 君らが持つだけなのかな? 再度問いかける言葉に、C.C.はしばし迷ってから手を招く形にした。 「ここで言う話じゃない。キャメロットのラボのほうがいいな。私の部屋では、ルルーシュが来る」 「僕は別に、廊下でもかまわないけど」 「私が構うんだよ」 気軽に出来る話ではないのだと切り捨てるように言って、足を向けるのがキャメロットの研究室。 資料がひっぱりだされたままの形で放置されているのを手慰みのように揃えつつ、C.C.は息をついた。 「コードだったな」 「うん。君の言葉では、コードがある限り死はない。不滅の存在だ。コードを手放すには、適正のある人に素地を作ってから渡すしかなくなる。ってことは、絶対量は減らないんだよねぇ」 最初の持ち主が死ぬことになっても、その時には次の持ち主がいることになる。 また、次の持ち主を見つけられないまま死ぬことは出来ない。 「……探せばいる。間違いなくな」 「へぇ?」 すぅ、と、眼鏡の奥でアイスブルーの瞳が細まった。 金色も気づいているだろうに、言及はしない。 先を促すような態度に、魔女がため息をこぼす。 「私だって、一人が嫌だった時もあるさ。だからコードを消す方法探したり、分割する方法を考えたり」 その過程で、同胞と言っても過言ではない。 呪われた不老不死の生を持つ者にも、勿論出会ったことがある。偶然の場合もあれば、探し出して見つけた場合など様々だ。 「それで?」 「殆どは、発狂しかけていた。白い部屋の住人だったよ」 「………」 「仕方がない。今の時代こそ平和なものだが、魔女狩りが行われていた時は、本当にひどいものだったんだ。その時に拷問で、心を壊した者も多くいる」 「あっはぁ。魔女殿が図太い精神でいらして、本当によかったですねぇ」 にこにこと嫌味なく言うから、この男は本当にぶん殴りたくなるとC.C.は拳を握り締めた。 怒気を払うように頭を振るって、だから、と続ける。 「だから、コードを持つ者。それ自体はいる」 永遠に白い部屋の住人であり続けるか、もしくは墓土の下で窒息死を続けるか。 二択になりそうなものだがな。言えば、しばし考える仕草に胡乱げな瞳を隠さないまま色づいた唇を魔女は開いた。 「まさか、お前保持者になろうというんじゃないだろうな」 「えぇまぁ、そのつもりですけど」 何か問題でも? 間をおかず疑問符を返されて、さしもの彼女も語を詰まらせた。 はくり。言葉にならない言葉が零れ落ちて霧散する。 「ふ、ふざけ……!!」 「ふざけてないですよぉ。割と本気」 射抜くのが、鋭い視線。 科学者としての冷静な分析眼。 「僕は政治にはちっとも興味ないし? スザクくんがどういう風に世界を示していくのかも、あんまり心惹かれないんですよねぇ」 ただ一点。 彼を犠牲にした世界の行く末には、興味がある。 ヘリウムより軽い口調で言い切って、ずい、と魔女へ顔を寄せた。 「不老不死なんていらないけど、見続けるだけの道具としては便利そうだ」 「ハッ……。ギアスという能力で器を作ってやらなければ、コードを移すことなど不可能だ。だが、生憎私の知り合ったほとんどのコード保持者は既に精神が瓦解していた。自らの意思で、ギアスを授けるなど不可能なほど」 そして私には、お前へギアスを授ける気はない。 口の端を吊り上げて笑ってやれば、科学者は笑みを崩さないまま上半身を起こした。 「ま、今はこの情報で満足しとくよ。魔女殿?」 「なに……?」 「君以外にも、コードの保持者はいる。絶対数が減らないという、僕の推測は正しかったわけだ」 発狂するなりなんなり。ある一定の要素をクリアしてしまえばコードが失われる可能性も、否定できなかった。 死は終わりではない。コード保持者に関して言うなら、あくまで一時的な断線だ。線自体は修復可能だし、存在し続ける。 「時間をかければ見つかりそうだ」 「いいのか? ルルーシュは、ギアスという力を憎んでいる」 「でも、君という存在を我が君は憎んでいない。つまりはそういうことなんでしょぉ?」 チェシャ猫のように、目を細めて男は笑う。 力自体は憎い。それによって引き起こされた悲劇は憎い。 けれど例えば彼の魔女のように、押し付けられた形なら。もしくは、彼が納得する形でその力を得ているというなら。 それはきっと、憎悪の対象外となるはずだ。 「永遠なんていらないよ。ただ、我が君が眠る世界が花畑になるのが見たいだけなんだよねぇ」 やさしい世界なんて、抽象的なものではなくて。 一面の花畑がいいなぁ、なんて科学者にあるまじき夢を語る男に、C.C.は口元を引きつらせた。 不死の恐ろしさを理解したうえで、永遠を生きようというなら。 付き合ってやるのも、悪くはないかもしれない。 *** コード保持者があの巫女の数なら、相当数いると思うんですよ。 |