ナイトランプに照らされた、チェスルームはオレンジ色に温まっていた。 身体を沈みこませるソファと、小さなチェステーブル。 背の高い細身の本棚に、サードテーブル。 壮大すぎる宮殿にあって、この部屋はひどく狭かったけれど用途にしか使われないのだから当然か。 もっとも、チェスをはじめから打つ気のない魔女と騎士は早々にチェス盤を片すとチェイサーや氷を狭いテーブルに乗せてワインボトルを開けた。 深い赤色。フルボディのワインは、そこらへんの貴族でも簡単には手に入らない代物。 なにしろ宮殿に集まっていた値打ちののワインも、ワインセラーごと消し飛んでしまったのだ。 熟成に時間のかかるこの種類の酒は、今では目を覆うような高値で取引されている。 拍車をかけるように、ルルーシュが皇帝勅命としてあちこちのシャトーから接収しているから余計だ。 娯楽である酒を、奪われて喜ぶ者などいない。 不満の声にも開き直るような態度に、不満と反感の声は高まるばかり。 そうして、悪意を向けられる本人は酒にまるで興味を示さず宮殿内のセラーへぽんと放り込んで執務に専念しているのだった。 身近な者ならば誰でも好きなように出入りが許されているワインセラーに、一番頻繁に足を向けているのは意外なことに咲世子だった。 科学者組へ振舞う料理にあうものとして、よく踏み入れている。 おまけに管理の仕方も熟知しているため、ほとんど彼女に任されているといっても過言ではない。 次にジェレミア、セシルと続き、四番目あたりにC.C.が入る。 もっとも、彼女以下となると誰もいないため実質ワインセラーへ訪れるのはこの四人以外いないことになるのだが。 ルルーシュもニーナもスザクも、率先して自ら飲むタイプではない。 特に前二人は、未成年だからの一言でキッパリ拒否を示す。 もっともスザクに関しては、誘われればあっさり頷くことも多いので多少二人とは異なるのだが。 ワイン一本空けたといっても、スザクもC.C.も顔色ひとつ変えはしない。 黒衣のドレスから晒された肌は、わずかな色づきをもっていたがランプの明かり程度では大して目立たない。 くぅ、と喉奥へ赤い液体を滑らせると、魔女はうっそり笑った。 この二人に、会話は殆ど無い。 三人でシュナイゼルの目から逃れている間も、ルルーシュを介さなければ会話らしい会話に発展することはなかった。 敵ではない。 だが、味方でもない。 他人というにはルルーシュの存在は大きすぎて、けれど知り合いというにはお互い首を傾いでしまう。 「毎度思うけど、どうして君は僕を誘うんだろうね」 「ルルーシュのやつは忙しい。それでもと誘おうとするとオレンジに五月蝿く言われるし、セシルはまた修羅場だ」 とはいえ、一人で飲むのはつまらない。 相手をさせてやってるんだよ、暇人。とは、とても傲慢な魔女の弁。 「僕だって、一応忙しいんだけど」 「公に顔を出さない分、デスクワークだろう。体力有り余ってるやつが、よく言う」 「その分、精神力を使ってる」 なんでルルーシュの頭って、あんな難しいことをぽんぽん考え付くんだろう。 ゼロとして、政治経済交渉戦術戦略あらゆることを勉強中のスザクがため息と共に吐き出せば、ならば止めるか? と、悪魔の誘惑が蟲惑的な唇から。 翡翠の瞳に険を宿らせながらグラスを傾ければ、C.C.は肩を震わせた。 「それでいい。お前の愚痴なんて、私が聞いてやるわけないだろう」 「君は本当に、ルルーシュが大好きだよね」 「おいおい、嫉妬か? 主の隣に魔女がいるのは不満とでも?」 「僕の主は、ユフィだ」 彼女だけが、主だ。 シャルル・ジ・ブリタニアでも、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアでもない。 言い切れば、やはり魔女は楽しげに唇を吊り上げるばかり。 「そう。お前の絶対がユーフェミアであるように、私の共犯者はルルーシュ。ただ、それだけだ」 ただそれだけのことだから、お前を労わってやることなどない。 「……君本当に、僕のこと嫌いだよね」 「好かれるようなことなどなにもしていないのに、好いてくれというのは可笑しな話だな」 その通り。 互いに諦めきった、それでいてよく似通った笑みを浮かべてグラスを掲げると赤い液体を喉へ通した。 鉄錆びたような、味と香りが鼻先を掠めていく。 暗い光の中で、揺れるワインは誰かの瞳によく似ていた。 *** ペンドラゴン消失でお値打ちワイン軒並み高騰したと思っている。(献上品多かっただろうし |