「お話をしましょう」
 やんわりと、セシルはデスマーチ万歳三唱状態翌日だったはずなのに、朗らかに笑って言った。
 確かニーナがもう無理、と、午前中に廊下で行き倒れていたから間違っていないはずである。
 時間はちょうど、お茶の時刻。
 C.C.はいつものように優雅に紅茶とマフィンを味わい、向かい合ってルルーシュもささやかに紅茶を口にしていた。
 立場上、同じ席に座ることが出来ないスザクではあるが、守っているのは皇帝の後ろに立つということだけで腕を伸ばしてはマカロンを口に放り込み歯にくっつく。などと言っている。
 いつもの軍服姿でやってきた彼女の一言に、それぞれが中途であった手を止めたためになんとも珍妙な一枚図が出来上がる。
 だが、それさえ美男美女の三人だからか、なにかの絵画に見えてしまうのだから美しさというものは素晴らしいことだ。
 閑話休題。
「セシル。話、とは?」
 一番に立ち直ったルルーシュの言葉に、魔女とスザクが揃って首を傾ける。
 ひとつひとつの仕草はどこか幼さを残しており、微笑を誘う。
「そうね、天気の話はどうかしら」
「……天気」
「なんでもいいんですよ、陛下。お話なら、なんでも」
「カウンセリングかなにかか?」
「だったら、きちんと専門医をお呼びします」
 お話をすべきだと、思ったの。天気の話は例でしかない。
 必要なのは、話すこと。
 にこにこと笑う姿は、流石ロイドの副官を長年務めてきただけあって腹の中を探らせないなにかがあった。
 威圧感を称えているわけでもないのに、ではなにか。と思わず考えさせられる。
「……紅茶がうまい?」
「走り込みにいこうかなー」
「ピザを作れ」
 三者三様に、話題としてあげてみれば。
 また見事なまでの、無軌道ぶりだった。
「って待てC.C.! お前のそれは、話題提供じゃない! どう聞いても命令形だろう!!」
「当たり前だ。私は、C.C.だからな
「堂々と言うことじゃない!! それにスザク! お前のそれは独り言だろうが! もっと発展させられる話題はないのか!」
「駄目なの?!」
「話題を膨らまそうにも、二十八通りしか考えつかなかった!」
「それ十分じゃない?!」
 打てば響くような答えだが、ルルーシュは満足しないらしい。
 帽子を直しつつ、若干憂いめいた表情を作る。
「会話にならないのでは、意味が無い……」
「そもそも、ルルーシュの言ったのだって会話に発展させるの難しいよ……」
 自分と大差ない、と続ければ、この場にいる者以外なら次の瞬間死にたくなるような冷ややかな視線を叩きつけられた。
 ジェレミアが晒されれば、理由を告げる前に腹でも切りそうな冷たさである。
「紅茶の話題に、発展性がないだと? ふざけているのかお前は。ブリタニアの歴史とは、つまり戦争と紅茶の歴史だぞ。本場の人間を前に、よくぞそんなことが言えるものだな、枢木スザク」
「フルネーム呼び?! もしかして、僕今けっこうな地雷踏んづけた?!」
「ま、嗜好品について一家言ある男だしな。それに対して、大層なものじゃない。と言ったに等しいんだ。怒りもするだろ」
「冷静に言わないでよC.C.!!」
「庇ってやる必要性がない。私は、お前の味方になってやった覚えはないぞ?」
 言葉のわりに、表情や声音に棘は少ない。
 口の端だけで笑う魔女へ、ギシギシと歯を軋ませるスザクの腕を、やんわり白い指が捕らえた。
 普段からは考えられないほどの力が、込められる。
「え、ええええええ、と、ルルーシュ?」
「まぁいいから座れ、スザク。俺の騎士に学がないなど、許されない。まして、ゼロに嗜好品を語る語がないことも、趣味が筋トレになるなど尚更な」
 言いながらも、どんどんと力が込められていく。
 昨今無いほどに圧力をかけられて、もしや腕の毛細血管がいくつか死滅したのではと思わせるほどだ。
「セシルの要望だ! さぁ、話し合おうじゃないか!!」
「君の好みは語らせると長いから面倒くさいんだよ!!」
 無理やり席に座らされて、スザクはなす術もなく悲鳴を上げた。



「あんな感じで良かったの? C.C.」
 いつかの夜。
 女二人、差し向かいでワインをあけながらセシルは問いかけた。
 ゆるやかに頷けば、ライトグリーンの髪は絶妙な濃淡を描く。
「あぁ。十分だよ。悪かったな、セシル。忙しいのに」
「私のほうは落ち着いたもの。大丈夫よ。……それにしても、随分と唐突だったから、驚いた」
「なに。考えては、いたんだよ。……もっと話し合うべきだった。本当はもっと前に、もっと先に、もっと早く」
 けれどそれは望めないから。
 魔女も魔王も、過去の改ざんだけはどうやっても出来ないから。
 せめて。
「せめて、わかりあう手段に」
 ほんのひと時でいい。触れて欲しかった。
 分かり合うということを、知って欲しかった。どうせ、逝くのを決めているなら。
 出来るだけ多くを、与えてやりたい。
 優しい声音の魔女へ、セシルはグラスを軽く掲げる。
 音を立てない乾杯は、未だ私室でスザク相手に熱弁を奮っているだろう彼らの王へ捧げられた。


***
 最後くらい、最期くらい。


銃の隣にティーカップ




ブラウザバックでお戻り下さい。