溺愛現象




 奪い去られたガウェインを見やり、シュナイゼルは眼を細めて見送った。
 騒ぐバトレー達を宥めながら、最早見えぬ彼方を追う。
 わからないほうが可笑しい。
 わからないなんて嘘だ。


 嗚呼、見つけた。


「ユフィ」
「はぁい」
 穏やかに伸びた声音。
 一日前後とはいえ、見つかった直後に連絡を入れたコーネリアより、メディカルチェックをアヴァロンで受けさせることになった。
 ユーフェミアは何でもないと言ったし、実際そうなのだろうけれど一応一晩テロリストと一緒に居た、皇女だ。
 彼女に危害、もしくは暴行を加えていないとも限らないと、気炎を吐いた。
 否定するのも莫迦らしく、好きにしろと投げたのが五時間ほど前だったはずなのに。
 いくら軍とは関係ない部署も抱えているとはいえ、行動が早すぎやしないかと流石のシュナイゼルも僅かに呆れた。
「話があるのだが、かまわないかな?」
「はい。なんですか、シュナイゼルお兄様」
 立ち上がりドレスの裾をさばくのは、もう自然と身体が覚えていることなのだろう。
 海水で痛め乱れていた髪も、今は然程目立たない。
 メディカルチームと一緒に、美容部員の侍女達まで乗り込んできた時にはもうどうにでもしてくれと、投げたものだ。
 立ち上がり礼をする妹をもう一度ソファへ戻し、自分もその隣へ少し間をあけて座る。
 大人しく待つ姿は、確かにお人形、と陰口を叩かれても可笑しくないほど慣れすぎている姿だった。
「お前は、ゼロというテロリストと一緒に居たと言ったね」
「はい。ですが、彼は武器も持たぬ弱者に用はないということで、わたくしには指一本、といえば大げさですが、触れることはありませんでした」
「そうだろうね」
 武器を持たぬ弱者、の言葉に、思わずシュナイゼルは笑みを浮かべた。
 そういう甘いところは変わらないのかと。
 愛しそうに、滑稽そうに。
 権力は充分な武器だ。地位も充分な武具だ。
 軍人の鍛えられた肉体も武器だ。
 彼らが敵としている、ブリタニアの皇族。ブリタニア軍は、生身であっても武器を携帯しているようなもののはず。
 ならば、そんな生温いことを言っていられるはずがないのに。
 嗚呼、甘い。なんて愚かさ。
 笑みを深める上の兄に、ユーフェミアは首を傾ける。
 促すことさえしないのは、シュナイゼルのほうが遥かに地位も立場も優れていることを知っているからだ。
 皇族とて、縦社会にあることは変わらない。
 発言を認められるのは、より上位の者に発言を赦されてからだ。
「あの子は元気だったかい?」
「……え?」
「ルルーシュは、元気だったかい? あの子が生きているということは、ナナリーも生きているな。あの二人はお前達のように仲が良かったから」
「……お兄、様?」
「どうしたんだい? ユフィ」
「いえ、あの………。いいえ」
「確かに、リアに言ったところで取り付く島もないだろうがね。私には、教えて欲しいものだよ。でなければ、弟が生きていることを夢見ている可哀相な兄になってしまうだろう?」
 内緒にしておくから、教えてもらえないだろうか。
 ひっそり微笑む優しげな眼差しに、ユーフェミアは瞳を潤ませて頷いた。
 か細い声が、そして形になっていく。
「ルルーシュでした。わたくしのことを、ちゃんと、守ってくださろうとして。ルルーシュでした……。生きて、いらっしゃいました……!」
 大事な、大切な兄でしたと。
 美しい涙を零す彼女の瞳から、涙を拭いながらシュナイゼルは微笑む。
「嗚呼、矢張り。あれは確かに、ルルーシュの声だったね。随分低くなっていたが、変声期を迎えていれば当然か」
 あれだけの衝撃と、海を流されてからのことを考えても、あの仮面の中に機器を仕込んで声をかえていたとしても、それが使い物になっていた可能性は極めて低い。
 だが大抵の者は、機械で声を変えているという思い込みで、あれが本来の声であるとは思わない。
 声の記憶など、あてにならない。シュナイゼルがわかったのは、事前情報とはいえ彼が出ていたメディアにはほとんど眼を通さず書類でゼロの存在を確認していただけだったからだ。
「ユフィ。彼はゼロだ。けれど、あれは私の弟で、君の兄でもある」
「はい……」
 くすん、と、涙を自身の指先でも払いながらユーフェミアは頷く。
「だから迎えに行ってあげよう。憎んでいるなら、その憎しみを受け入れてあげよう。壊したいというのなら、今の平和を教えてあげよう。私達が」
「……ルルーシュを、ブリタニアに迎えられるのですか……?」
「勿論だ。私達は、家族じゃないか」
 そうだろう? 問い掛ける言葉に、ユーフェミアは思い切り首を縦にした。

 迎えてあげよう――、お前が嫌だと言っても。
 受け入れてあげよう――、お前が不要と言っても。
 今の平和を教えてあげよう――、その先に目指すもののほうが、美しいとわかっていても。


 お前は私の手元にあるのが、一番良い。


 想いは全て、美しい言葉で着飾られて、息も出来ないほど重い。



***
 真っ黒シュナ兄様。ひとの善意とかに付け込めないような性格だったら、帝政ブリタニアで皇帝に一番近いなんてされないと思います。
 管理人、シュナ兄様の優しさがどうしても胡散臭くみえてしまって! 駄目ですね、これだから歪んでいる人間は。
 〜してあげる、という発言は、管理人が一番気をつけたいと思う言葉のひとつです。相当親しくないと、自分を思い切り優位だと示して下手をすれば 相手を見下げてさえいる気がして。
 





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