振り上げた拳が叩き落された。
 がしゃん、と軽やかな音を立てて18世紀から息をしていた硝子のランプは生涯を閉じる。
 きつく、目を瞑っていた少年が顔を上げた。
 翡翠の瞳が燃えている。
 燃料は憎悪ではなく、憤怒ではなく、哀惜ではなく、慕情でもなかった。
 理由もなにも、もうわからない感情だけが翡翠の中で燃えあがっている。
 言葉にすることが昔から苦手な少年は、だから立ち上らせる気配だけですべてを語るように苛烈な色を呈していた。
 対する紫水晶は、静謐を湛えるばかりで揺らぐことのない湖面のように静かだ。
「僕は……ッ!」
「まだ、続ける気か。まったく」
「ルルーシュ!!」
 ここ二週間、ずっとこの繰り返しだった。
 メイドも科学者もその補佐も、みんなが匙を投げてもう見ない二人の押し問答。
 彼の意思が曲がらないのは、誰の目にも明らかだ。
 だから、せめて、無意味に磨り潰し食いつぶしてしまうよりも、思い出を作ることを周囲は求めた。
 出来るだけ楽しい思い出を、軽やかな思い出を。
 死の瞬間、思い出してくれるどこかにひっかかるように。
 それは前向きな諦めだ。ロイドは嘯いたが、だからといって彼の科学者さえ己の行動に理解不能を示しながら止めることはしない。
 一人、スザクだけが、最善を探そうと探しつくして枯れ尽くした泉に爪を立ててもがいている。
「もういいんだと、何度言わせる?」
 感情的に反論することすら、最近はない。
 困った子供を前にするような態度だ。
 それが余計に気に入らなくて、スザクは栗色の髪に指を突っ込んでぐしゃぐしゃと掻き毟った。
「俺が転がり落ちることで、見える景色が変わるだろう」
 言葉の端々は、柔らかい笑みに縁取られている。
 余計、気に入らない。
 ひらと蝶のように、白い指が中空を舞った。
「問題ない。なにも、問題はない」
 問題ばかりだ。
 君が失われることが、問題じゃないのか。
 散々言い尽くした言葉が、喉を出かける。返される言葉さえ、もう覚えている。 
 けれど、スザクにはルルーシュを引き止められるだけの語彙なんて大してなくて。
 脳内でぐるぐると、殺されない言葉を捜していればどうしてばかりが頭を駆け回っていく。
「俺にはこれでいい、これが間違いだとしたら。俺は喜んで間違おう」
 その先の明日へいくために。
 その先の未来がみたいから。
 だからこれが、最善の未来への一歩。
 転がり落ちてもその先に、掴めるなにかを馬鹿みたいに信じている。
「もう、いいんだ。お前が悔いる必要も惜しむ必要もない」
 手を伸ばせば触れ合える距離で、故にルルーシュはスザクへ手を伸ばすことなく独り立ち尽くすようにして笑う。
「俺の命を惜しむなんて、労力の無駄だぞ? もういいんだ」
 前向きに諦めるばかりで、けれど後ろ向きに開き直ることも出来なくて。
 責めることも出来ず、引き止めることも出来ず、自分がしてきたことを棚上げにすることも上手く出来ない。
 吐き出すための言葉は乱雑に耳をふさいで、絶叫を上げることで世界へ放出された。
 このまま、息も止まってしまいそう。


***
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ローリンダーリン




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