むかし、むかし、ある所に。 一人の青年がいました。 青年は、家族と一緒に仲睦まじく、暮らしていました。 決して裕福な生活ではありませんでした。 けれど、朝笑顔を返してくれる家族、昼笑いあえる友人、夜抱きしめられる恋人。 そんな存在がいてくれる幸福を知っていたから、彼はとても幸せでした。 ある、夜が明けるまで。 青年は確かに幸せでした。 その朝、青年は叩き起こされ、村の広場に引きずり出されました。 事情がさっぱりわかりません。 どうして昨日、さよならと手を振った友人は、ありがとうと言って分かれた店の主人は、おやすみと言った家族や恋人は。 こんな恐ろしい表情をしているのでしょう。 目玉を抉られ、喉を潰され、手足の腱を切られ、身体は切り刻まれ。 憎悪を吐かれ、侮蔑を浴びて、嫌悪に晒され、汚物に塗れ。 ―――青年は悪魔として、祭り上げられた。 彼がいるから、生活がうまくいかない。 彼がいるから、愛しいひとに愛されない。 彼がいるから、暴力を振るってしまう。 彼がいるから、争いは生まれていく。 彼がいるから、人は死ぬ。 彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、 彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、 彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、彼がいるから、 全ての悪意の理由にされた彼は、精神を食いつぶされてなお、悪意の顕現であることを望まれました。 自らの善意と正義の理由のために、悪と奉られた彼は。 そうして、悪魔となりました。 壊れた理性で崩れた秩序で得た憎悪は、けれど、彼を悪たらしめなかったのです。 流転する景色が愛する心が残っていて、生まれては消えていく命を愛する心臓が残っていて、正義になりたい弱さを愛する精神が残っていて。 愛することを愛すべきと知っている魂が、残っていたから。 時間が流れれば、朽ちていくものばかり。 いつか、彼を悪魔とした者たちも、その子孫も、村も、なにもかも消え去りました。 ただ、悪として存在づけられてしまった青年だけが取り残され、置き去りにされてしまったのです。 焼きついた、<悪>という存在を欲しがる誰かがいる限り、青年は……、否、悪はそこから動けません。 ただ、悪としてのみ存在させられ続けるだけ。 終わらない、終われない物語。 続き続ける、物語。 「ふざけた話だ」 ぱたん。 厚い、紙の音を立てて、ルルーシュは手の中の本を閉じた。 それは一人の青年の物語。 終わらずに、今なお続いている青年の物語。 人がいる限りENDをつけられることはなく、ただ逝き続けることだけが続いていく。 「そうか? 見つけた時に、お前の預言書かと思ったから持ってきてやったんだが」 魔女はしゃら、とドレスの裾を引いて薄く笑った。 いつもの拘束服ではないのは、ただ女の趣味だろう。 最近では、飾り立てる楽しみを思い出したのか仕事あがりのセシルをも巻き込んでドレスを仕立てていた。 もっともあくまで、それは悪逆皇帝ルルーシュの暴君としての振る舞いにすぎない。 正妃として向かえていない女に、湯水のように金をつぎ込む暗愚の王。 仕立て屋が顔をしかめようと、侍女が顔をゆがめようと、かまわずに己の望むがままに振舞う暴君。 そんな男に溺愛され、甘言を弄し、苦言を呈すことなく振舞う傲慢な魔女。 重臣たちの前には滅多に姿を現さないことが、また魔女の悪名を高めていた。 魔王と魔女。 宮殿内でもそう囁かれることを耳にするたびに、二人が笑っていることを知っているのはどれだけの数だろうか。 きっと、片手分程度に違いない。 「これが俺と同じだと?」 「あぁ、少なくとも、お前の末路としてはこんなものだろう」 悪の代名詞となる存在、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。 生活の不便さは、彼が全ての原因とされるだろう。 生活の不具合は、彼が全ての原因とされるだろう。 生活の不都合は、彼が全ての原因とされるだろう。 例え、まったく関係のないところだとしても。 悪として彼の名前が出されれば、誰もが納得してしまうほどの存在となるだろう。 「生憎と、俺はそれだけのことをしている。善良な一市民だったことは少ない」 「フン、善良な一市民は貴族階級が気に入らないからといって、賭けチェスでプライドを圧し折ったりはしないと思ったが?」 「……だから、俺は悪と祭り上げられるには十分だろう」 紫色の瞳をゆるやかに細めて、ルルーシュは笑った。 倣うように、C.C.もまた口元に弧を描く。 「それに、私のような美しい魔女もお前の傍にいることだしな」 「感謝しているさ」 事実、感謝の感情しかないのだろう。 瞳に宿る優しさを前に、C.C.は彼女らしからぬ表情で苦笑を浮かべた。 見ない振りをして、ルルーシュは続ける。 「この世全ての悪となって、俺は世界に残り続けよう。お前が永劫、滅べる日まで」 存在することを、強制された悪ではなく。 存在することを、希求する悪となる。 物語の青年には悪いけれど、そろそろ彼の時代は終わりそうだ。 新しい悪が、その座に座ることになるのはそう遠くないから。 *** 前半の<青年>の物語は、Fate/hollow ataraxiaより。 |