皇帝なのだから当然だが、ナナリーには公務があった。
 公務での移動、それも公なものの場合車はゆっくりと進む。
 狙われ易いのではと思われるかもしれないが、車になにかあってもすぐに護衛が対応出来るのと同時に、国民に対して笑みを見せ健康な姿を見せるという列記とした仕事のためだ。
 なので、彼女は今日もまた小学生の自転車より遅いのではと思わせる車の中で、にこやかに手を振っていた。
 穏やかな笑みが、次の一瞬固まる。
 叫びだしたのは突然だった。
「止めて下さい!!」
 同じ車に乗っていたシュナイゼルが、緊張した面持ちになりながら秘書官へ肯きかけ、彼女が同意を示し運転手に内戦で伝える。
 僅かな間さえ憔悴したように、ナナリーは慌てて後方を見つめやった。
「ナナリー、どうかし……」
「シュナイゼルお兄様、そこらにいる警備の方で構いませんので、今から150メートルから200メートルほど後ろにいる左通路側の前から三列目にいた脚立に乗って一眼レフのタムロンの短焦点レンズを構えていた青年を保護するよう伝えてください!!」
 矢継ぎ早に言う妹へ説明を求めるも、急いで! の言葉に思わず迫力で負ける。
 首を縦にすると、彼が手ずから電話を取り警護代表者に通信を取り付けた。
 すぐにバタバタと動き出すのを見やりながら、シュナイゼルが黙って説明を促す。
 しかしそんな熱い視線はどこ吹く風で、はらはらと胸の前で指を組んでいた。
 すぐさま、車内の電話機が鳴り響き、恐らく言っていたであろう青年が確保されたことを伝えられる。
「確保ではなく、わたしは保護、と申し上げたのですが……?」
 背景にカケアミを立ち上らせながら、仕方なさそうに息を吐く。
 後でお仕置きです、の一言は、カノンもシュナイゼルも聞かなかったことにした。
 聞いたら答えてくれるだろうが、具体的に人生が終わる。それは避けたかった。
「もう一台のほうへその方をお連れするよう、伝えてください。くれぐれも逃がさないように。いいですね?」
 逃がしたらただではおきません。
 限りなく実体を伴った幻聴に、首を縦にしてやはり警備主任へ言葉のまま伝える。
 車が止まってしまっていたことと、少々の騒ぎがあってか周囲は雑然とした空気を湛えていたけれど、何事も無かったように進む車に集まっていた民衆は安全のまま終わったのかと胸を撫で下ろした。
 騒ぎのすぐ近くに居た、魔女以外。
 車を降りて、公用ジェットに乗り換える際伝えておいたから間違いはないはず。
 だが、逸る胸はそんなことを気にしてはくれなかった。
 ファーストを通り越して、事務官とSP以外はシュナイゼルにカノン、それにナナリーしか客の居ないジェット機は大変豪勢な作りをしている。
 離陸と着陸以外は、ホテルと変わらない環境だ。
 今は地面も遥か下。脱出不可能な超高級ホテルの中で、一人あからさまに違和感のある青年の姿。
 深く被った帽子に、サングラス。
 動き易いラフな格好の首には、先ほどまで一眼レフが釣り下がっていた。
 また、今は没収されてしまっているが鞄の中には機材と一緒に今まで撮りためてきた皇族……というか、第百代ナナリー皇帝の写真が整然と並んだアルバムが入っている。
「とても熱心に、わたくしを撮って下さっていると警備主任から伺いました」
 すみれ色の瞳を細めてにこにこと、青年の前に並んだ紅茶とマカロンを促しながら少女は言う。
 対する青年は、どこか居心地悪そうに視線を下に向けたまま曖昧な答えを浮かべるばかりだ。
「着任からすぐの写真も、あったとか」
 やはり青年は、沈黙を貫いたまま答えない。
「ですが、お父様やお兄様の写真は無いようですね。アルバムを、変えていらっしゃっるんでしょうか? その割りに、わたくしのアルバムの最初のほうには何故かお兄様とお母様の三人で撮った珍しいお写真があったとのことなのですけれど」
 そう、それはとても珍しい写真。
 軍でも未だに熱心な信奉者を集める母の写真は、現在でも少量だが出回っている。
 けれどそれは、母が現役で軍人をしていた時代やラウンズに上り詰めた頃のものであり。
 兄と三人で写っているものなど、この世には数枚しか今や存在せず、たかが皇族フリークな写真家程度がその写真の存在を知れるはずがないのだ。
「………お兄様」
 ひくん、と、細い肩が動いた。
 何か言いかけて、けれど噤まれる唇。
「お兄様は、ナナリーにお声をかけることすらもうお嫌なのです……か……?」
 ここに、魔女がいれば男の後ろ頭を引っ叩いてでも止めただろう。騙されるな、絆されるなと、叱りつけたに違いない。
 しかしこの場に魔女はおらず。
 男は、正真正銘シスコンだった。甘やかすのは止めたとはいっても、シスコンはシスコンに変わりなかった。
「俺がこの世で愛しているのは、お前に決まっているだろう! ナナリー!!」
「まぁ! うれしいですわ、お兄様!!」
 おもむろに顔を上げて、サングラスを乱雑に外し立ち上がる青年に晴れやかな少女の笑顔が重なる。
 間髪入ることすら無い。
「………あれ?」
 地上一万メートル、空飛ぶ高級ホテルの中で、ルルーシュは首を傾げた。
 無論、全ては後の祭りであるけれど。



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 ブリタニア皇族御用達なのはロールスです。←
 このルルはL.L.なんですが、それ入れる隙間見当たらなかった。orz


薔薇色ジャック




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