慌てて走ってくる弟を、抱きしめる。 ぼす、と勢いの良い細い身体。成長期であるとわかっているのに、いつも痩せすぎなのではと心配する。 「兄さん! どうしたの。こっちの学年に来るなんて!」 溌剌と笑う弟の頭を撫でて、先生を呼びに来た旨を告げれば少しだけ残念そうな顔。 理由など探すまでもなくわかって、小さく笑ってしまった。 「お前にも会いに来たんだ」 「……嘘でしょ」 今言ったんじゃない、先生を呼びに来たんだ。って。 拗ねた物言いに、ひとつ頷いて。 「先生なら、さっき職員室前で会えてプリントを渡してきたからな」 「じゃあ、教室の前まで来てくれたのは」 「お前に会いに」 恐る恐るといったロロに、あまりに簡単な答え。 そうすれば、好きな、晴れた笑顔を向けられる。 「兄さん、今日は生徒会の仕事ないんだよね? 僕、夕飯作るの手伝うよ」 「それはうれしいけど、刃物はまだ危なくないか?」 ありがたい申し出ではあるけれど、怪我をされたら心配でどうにかなってしまう。 割合本気で言えば、ロロは一瞬呆気に取られてそれからため息がひとつ吐かれた。 幸せが逃げてしまうよ、なんて戯言の返事は、どこか嗜めるような声色だ。 「僕、もう高校生なんだけど」 「わかっているが?」 同じ制服を着ているんだから、当然だろう。 言い返せば、ますますわかっていないと言わんばかりの表情。小首を捻る様子に、先ほどとは違いどこか作った拗ねた口先。 「家庭科の調理実習だって、ちゃんと出来てるんだからね!」 「あぁ、わかっている。この間のマフィンは、とても美味しかったから」 「それ包丁使わないじゃない……」 少しばかり肩を落として、本当にわかっているの、と問うてくる視線を向けられた。 軽く両手を挙げて、降参を示す。 「わかった。じゃあ、今日は一緒に夕飯を作ろう。ただし、俺が見ていないところで包丁は使わないこと」 「わかってないってば……」 言うけれど、火だって危ないのだと言い募れば妥協するようにがっくりロロは首を縦にした。 「放課後の予定が立ったところですまないんだが。ルルーシュ? お前には補習があることを忘れていないか?」 「……ヴィレッタ……、先生……」 単位を計算してサボるルルーシュにとって、体育教師のヴィレッタは天敵でしかない。 乾いた笑いを浮かべる彼に対し、四つ角を浮かべる女性は一歩踏み込んだ。 動物がしなやかに、獲物を追い詰める態度。 「それじゃあな、ロロ! また放課後!!」 身に迫る危険を気づかぬはずもなく、距離を詰められる前にダッシュ。 通り抜けざまに、ぽんと叩かれた肩に宿るのは優しさだろうか。 追いかける振りをして止まったヴィレッタへ、ロロは冷たい視線を投げつけた。 「あんまり追い詰めないでくださいね、"ルルーシュ"のこと。あなたの顔を見ただけで逃げ出すようになっては、監視の意味が無い」 「わかっているさ」 お前も、はやく教室へ戻れよ。 教師としての仮面を被って、ヴィレッタが立ち去って行く。 ポケットから、ストラップを取り出して握り締めた。 気遣いも優しさも愛情も、全部全部本当に自分のものではないけれど。 それでも、注がれている"今"を手放したくは無くて。 ぎゅっと、握る力をこめた。 *** 19.02は反則だと思うんだ……orz |