亀の甲より年の功、などと本人の前で言えば華麗に蹴り飛ばされて吹っ飛び倒れたところをバイクで轢き殺されるのがオチだが、C.C.は沸点が低いほうではない。 彼女の長い長い人生において、大抵のものは怒りに燃え上がるより諦念の灰となってしまうためだ。 自身がそれなりに苦心して作り上げた砂の城を、三歳児に壊されたと考えてみよう。 本気で激昂するだろうか? 答えは、否だろう。 子供だから、幼いから。そんな言葉で許されるものはたかが知れているとはいえ、そんな諦めを抱いてしまうにはC.C.は生き過ぎていたし生き飽いていた。 二度目は御免だが、火あぶりにかけられたことすら彼女は"仕方ない"の一言で片付けることが出来てしまっている。 故に。 彼女を怒らせ、しかもその怒りを維持し続けさせるというのは、相当なことであるのだった。 「土下座をし、三遍回ってわんと鳴いたら私のこの美しいブーツをその口の中に突っ込んで、舐めることを許可してやろう」 尊大に言い放った女に、場にいる誰もが沈黙した。 ドン。というより、ガッ、と鋭い音がオーク材のテーブルに乗る。 ピンヒールは七センチ程度だろうか、彼女の細い足をすっぽり覆うブーツは今年の流行のものだ。 堂々言い切る彼女にこそ、 「………え、っと」 「黙れ下衆ゴミ、発言の許可を与えた覚えはない」 扇が口を開きかけたところで、魔女は鋭く下種を見るより尚疎ましい眼で一瞥を与えるとさっさと逸らして言い放った。 なにかを言い返そうとしたところで、所詮扇。 冷え切るどころではない金色に一瞬でも晒されて、口を噤む。 「お久しぶりです、C.C.さん。今日はいかがなさいましたか?」 にっこりと、傍らにゼロ、反対にはシュナイゼルを揃えたナナリーが花のように微笑む。 日本国首相に対するフォローは、皆無だ。 「久しいな、ナナリー。なに、夢見が悪くてついでにこの連中になんとなく腹が立ったので暴言吐きに来た」 「まぁ、勇ましい」 ルルーシュ最愛の天使、蝶よ花よと後生大事に育てられた少女は変わらない笑顔のままほのぼの言い切った。 シュナイゼルは常通りにこやかな表情のままで、ゼロは仮面で表情がわからない。 醸し出す空気すらわからない。 「……なんなんだ、いきなり」 「あら、扇首相。今C.C.さんがご用件を仰ったではありませんか。ちゃんと起きていらっしゃいました? 起きているだけでは駄目なんですよ? 知っていましたか? 会議中眼をあけたまま寝るなんて、どれだけ世界舐めてるんですかこの駄目虫が。踏み潰されてしまえばいいのに」 「このすっからかんの頭を踏み躙ることに否やはないが、ブーツが汚れるのは歓迎出来んな」 「髪が触れることも、やはり抵抗ありますか?」 「いや、踏み躙ってそのまま踏み潰したら、こう、イクだろう。ぴんく色なものとか、透明な液体だとか。ぐしゃ。っと」 「確かに、すぷらったは困りますね。お掃除が大変」 今は有能な咲世子さんもいませんし。 嘆息を落とす少女皇帝へ、静止をかけようとした扇の手が止まった。 口をあんぐり開けたままの男へ、さも可笑しそうに間抜け面ですこと、と笑顔の一言。 実際、この中で一番ナナリーと接点の多かったのはシュナイゼルで次いでゼロもといスザクであったが、そこにはひとつ欠けているものがあった。 ルルーシュの存在である。 幼い頃、シュナイゼルと会う時は大抵ルルーシュと共にいたし、スザクともほとんど学園の生徒会室やクラブハウスで会っていたためにルルーシュが傍にいた。 ナナリーは、自他とも認めるブラコンだ。 最愛の兄の理想に適わない姿など、一ミクロンたりとも出すことはない。巨大な猫も真っ青で逃げるほど、彼女は鮮やかなのである。 が、魔女とナナリーはルルーシュがいない場合もよく顔を合わせることがあった。 兄がいない場で、取り繕う意味はない。 花のように可愛らしく、可憐であり、楚々とした風に笑うのは、世界でも兄のためだけでありそれ以外の誰にも笑顔を浮かべる必要などないのだから。 結論として、C.C.は出会ってから随分早くナナリーの過激で苛烈な性分と合間見えることになる。 扇たちが知っていたのは、健気に兄と対峙することを選んだ少女皇帝の姿だけだったのだろう。 あまりの発言に、開いた口は未だ閉ざすことが出来ていない。 「折角C.C.さんも来て下さったのですし、先ほどから輸出関税の設定のお話がまったく進みませんでしたので、休憩にいたしましょう。扇首相、せめてもうちょっとマシな案出してくださいね。エリアが解放されようと、ブリタニアの国力がフレイヤで激減していようと、あなたの仰るレベルにまで引き下げたら各産業から抗議文殺到ですわ」 ブリタニア側にブレーンは揃っていたが、ゼロはあくまで超合集国のCEOだ。あからさまに日本に肩入れするような知識を貸すはずがなく、とりあえず突貫で作られた政治体制に政治経済に明るい人間は多くない。 だからといって、ひとつひとつ丁寧に教えて甘い顔を浮かべる気はナナリーには無かった。 彼女もまた、自国の利益と安全を守る義務がある。 バランスを崩して世界を混乱に叩き落す気はまったく無いが、なんでもかんでも教えてやって自国の利益をごっそり分け与えるほど優しくは無い。 そもそも、ブリタニアだって余裕はないのだから。 いつかそれが火種になるのはわかっている。兄が命をかけて与えてくれた世界で、そんなことをするのは愚かでしかないとも。 「言われっぱなしとは情けないにも程がある、この優柔不断男。世界的にどこも余裕がないんだから、むしろ駄目なところを指摘してもらって感謝するくらいはしたらどうだ」 「な、いや、それは……。いや! それにしたって、国家の主たる人間がそういった口の利き方はどうかと……!」 「まぁ。私と国家の主として本当に比肩出来ているとお思いですの?」 きらきらとしたすみれ色が、にこやかに扇を射抜く。 道徳的には、確かに年長者でもある扇を立てることなく並べられた暴言は怒られて然るべきなのだろうが、そんなことは関係無いと圧するだけの威力が少女の瞳には宿っていた。 また、正道を突き進む道徳だけで政治が回せた試しは有史以来一度も無い。 「嫌なら這い上がってきてくださいませ? お兄様は、そうして世界を蝕んだのですから」 「あぁ、それはいい。這い上がり成り上がったという言葉は、お前たちが叩き落として踏みつけてそれでも皇帝という椅子に君臨することを成し遂げたルルーシュを示すにいい表現だからな。這い上がる根性もないなら、自分たちを正当化するために裏切ったルルーシュ以下だと自分で認めるようなものだ。一々教えてやる手間が省けるというもの」 泥の底から這い上がり、世界を蝕み、愛し、壊し、創り上げた男。 世界にやさしい嘘を貫いた男。 いくらルルーシュが許そうと、彼を愛する女二人は元黒の騎士団が行ったことに対して温和な眼を向けてやる気は欠片も無かった。 笑顔のまま、二人は謳うように笑みを浮かべ続けた。 *** 「暴言吐きに来た」ってC.C.さまに言わせたかっただけです。← (ナナリーに出番食われましたがorz |