滑らかな頬に手を這わせ、そっと唇に触れてみた。
 僅かばかり乾燥していたが、気になるほどではない。
 指先に灯る感触が嬉しさを沸き立たせ、ロイドは顔をにへらと崩した。
「おきないでくださいねー」
 声を潜めて、かける言葉がそんな甘えた代物だ。
 起こす気がないのなら、声すらかけずにいる。という選択肢はどうやら彼にはないようで、ただ柔らかい皮膚を確かめるようにしきりに触れていた。
 共犯者には麗しき魔女がいて、忠義をつくすメイドと騎士がいる。
 最後まで共に過ごす友人も決めてしまっていて、はてでは自分はなんだろうと思う。
 協力関係を取り付けた少女の、師匠? それもなんだか妙な話だ。
 どうして彼は自分を置いてくれるのか。しきりに考えてしまう。
 考えるのは良いことだ。科学者という観点を除いても、思えた。
 思考を止めるということは、死んでしまうことに他ならない。生きている限り、意識の端では常になにかしら考えている。
 それは、体育系のスザクとてそうだろう。
 彼の場合、意識されているものは罪や後悔などかもしれないが。なにか考え続けているということには、違いあるまい。
 考えるのは良いことだ。どうせ、もうすぐそんなものを考えても意味がなくなってしまうにしても。
「へーいかぁー」
 茫洋とした呼び声に、少年は眉をぴくりとも動かさない。
 コンソールをわきへ退かしただけの机に突っ伏して寝ている姿は、衣装さえ見なければ試験前に詰め込み学習をして撃沈した学生のようにも見えた。
 まさか彼がそんな頭の悪い方法を取るとは思えなかったが、そんなことをしていたっておかしくない相手だったことを思い出す。
 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
 彼の中身は複雑で、とても単純だ。
 けれど、彼の中に入り込むだけの鍵がどうしても見つからない。
 まさかもう、入り口を閉ざしてしまったというのか。彼に協力すると決めた時、協力するという事実に満足されてしまって。
 だとしたら少しばかり残念だった。
 自分はこの、とてもやさしいひとがとても好きになりそうだったから。
「ねぇ、陛下ー」
 だいすきですよー。
 寝顔に伝えてせめて自己満足しようとすれば、綺麗な紫色がこちらを見ていた。
 きょとん。とした表情に、思わずロイドはあれ? と首をかしぐ。
 もしかしなくても、聞かれていたのだろうか。
「陛下?」
「………」
「フリーズなさってます?」
「……俺はどれくらい寝ていた」
「んー、僕が来てから15分程度ですけど。今起きられました?」
「あぁ。……失態だ、三十分も寝てしまったとは」
 ぐきぐき首を鳴らす少年が、気まずそうに科学者を見やった。
 なかったことにされていたのかと思っていた男は、そうでないことを悟るとやはりへにゃりと笑った。
「ねぇ、陛下。お願いがいっこあるんですけど、いいですかぁ?」
「……な、なんだ?」
「一回だけで、かまわないんで」
 名前、呼ばせてください。
 陛下じゃなくて、お名前で。
 とろけるような笑顔に、そんなことなら好きにしろと、挙動不審なまま頷かれれば、明るくありがとうございまぁす! 声があがった。
「ルルーシュ……様」
「……名前だけでも、別にいいぞ。どうせこんな茶番は、もうすぐ終わるんだし」
 様なんて、本当はつける必要のない皇帝だ。
 失笑しながら言われて、男は切なくなった。そんなことを言わせたくて、乞うたものではなかったのだけれど。
「じゃあ、ルルーシュ君。あっはぁ、なんだか枢木卿のことを呼んでた時みたいだねぇ」
 ふわふわと笑って、ロイドはもう一度ルルーシュをやさしく呼んだ。
「ねぇ、ルルーシュ君。僕は君の命を助けてあげる魔法使いにも、共犯者の魔女殿と同じところにも、スザク君のような英雄にも、なれないけれど。最後までいることは、いいんだよね」
 アイスブルーの瞳が細くなれば、薄い色をした髪にルルーシュの細い指が差し入れられた。
 少しだけ力を入れて梳くようにしていた指は、すぐに離れる。
 惜しい顔をちらとだけ浮かべ、ロイドは目の前の相手を静かに見つめた。
 彼は無言で。なにも言わず。やさしく笑うだけ。
 それがどうにも悲しくて、子供のように駄々を踏んでしまいたくなった。


***
 ロイドさん達はなんて言われて、仲間になる決心をしたんだろう。
 一生世界にうそを貫くという、仲間に。 


博士は孔雀がすき




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