腹に響く重低音は、なにも足元だけを揺らしているわけではない。
 体全体が沈みそうなほどに揺れている。
 これがなにも、地震というわけではないことをロロは理解していた。
 研究機関にとって、ギアス能力のある子供たちは貴重なサンプルではあるけれどそれだけでしかない。
 まして、失敗作のロロなど守る必要もない。
 自分たちより重要で貴重で大切なデータを抱えて、逃げ惑って行く研究員たちをどこか冷ややかな目で彼は見ていた。
 子供たちは既に逃がしてある。
 ブリタニアという国家がバックにある研究機関だ。自分のような使われ方をしようと、ブリタニア軍が見つける限り、彼らは生きていけるだろう。
 重く荒い、息を吐いた。
 ロロのギアスは、人間の体感時間を止めること。
 対人戦においてほとんど反則のような能力だが、その間心臓が止まってしまうというリスクは大きすぎたし、なにより彼の能力が効果を発揮するのは人間相手においてのみである。
 物理現象や自然現象には、作用しない。
 もう一度彼は、荒い、熱っぽい息を吐いた。
 瓦礫が直撃した内臓が痛い。子供たちを逃がすまではなんとか耐えられたが、もうほとんど誰も残っていないと思えば我慢する必要もないかと失笑した。
 暗殺者としてたくさん人を殺してきた、報いだと思う。
 こうやって一人で死ぬことも、自分のことなんて誰も知らないということも。
 全部。
 疲れていた。疲労感がどっと押し寄せてくる。
 流れに身を任せるように目を伏せかけて、鋭い声に思わず跳ね上がろうとする。
 けれど身体の疲労もダメージも結構なものであり、傷を抱えて丸まるしか出来なかった。
 視界の端に、大きな落石が見える。きっと、岩盤の一部が剥落してきたのだろう。
 さしもの自分も、アレが直撃しては一溜まりもない。諦めの境地で、目を伏せかけ。
 過ぎった影が、見事な足技で岩を蹴り砕くのをロロは確かに見た。
 ぽかん、というより、唖然といった言葉のほうが正しいかもしれない。
「危ない危ない。よかった、ここにいたんだね」
 ずいぶん探したんだよ。
 綺麗に着地をした相手は、くるくると癖のある茶色の髪を揺らして人懐っこく笑った。
 蹲るしか出来ていないロロには、なんと返したら良いのかわからない。
「ロロだよね。久しぶり」
「………どこかで、お会いしましたっけ……」
「あぁそっか、君は記憶ないんだ。……ま、いいや」
 なにが良いのか。さっぱりわからないながら、目の前の男は立てるかと手を伸ばしてきた。
「あなたは……」
「自己紹介は後でね。僕は君を、迎えに来たんだ」
「迎え? なにを馬鹿な………」
「ここ以外でも、君は生きていける」
 自分には、ここ以外で生きていける場所なんて無い。
 言葉を遮って、はっきりと男は言った。それに、動揺よりも嘲笑が浮かぶ。
 自分には、帰る場所なんてどこにもない。
 昨日は人を殺して、今日も人を殺して、明日も人を殺す。そんな未来しかないし、そうしなければこの居場所さえなくなってしまう。
 人を殺し続けてきた自分に、居場所なんて。用意された居場所以外、あるはずなんて。
「今は全部言えなくても、きっと受け入れてくれるよ。―――俺の時みたいに」
 小さく続いた言葉に問い返すような視線を向けても、男は答えてくれなかった。
 腕を引っ張り上げて、自分の肩に担ごうとしてくる。
 その手は乱暴で痛かったけれど、振り払おうとは到底思えない。
「君に、家族が出来るよ。連れて行くのはそこ。そこが君の、居場所になる」
「………その家の人間を、殺すんですか。それとも、その人達が新しい持ち主?」
「違うよ。家族だ。我侭をいっぱい言ったら、きっと叶えてくれるよ。君には、新しいお兄さんと妹が出来る。妹はとっても可愛い、それで、とってもしっかりしてる。お兄さんのほうは、美人だね。うん、あれは美人って形容詞が正しいな。しっかりもののくせに、肝心なところが抜けてるんだ。体力もないのに無茶をしようとするし」
「一体誰の話ですか……」
「だから、ロロ、君の新しい家族になる二人の話だよ」
 翡翠の瞳が、笑った。
 気迫というわけでもないのに、それでなんとはなしに押し黙ってしまう。
「確かに血は繋がってないけど、君はあの二人の家族になれる。僕が保障する」
「どうして………」
「自分の命かけた行為が出来るのは、家族のほかは恋人くらいじゃない?」
 でも恋人は認めないから、家族ね。
 何事か言い返そうとしたロロだったが、人口灯以外の日差しが目を焼いた。思わず押し黙れば、自分が青空の下にいるのだと気がつく。
「君の兄さんには、僕のことはまだ内緒ね」
「……僕は、あなたのことをなにも知らないんですが」
 言って、そういえば、と手を打つ素振りをされる。
 まったく、なにがしたいのかさっぱりわからない。
 わかるのは、彼が自分の知らないなにかを深く知っているということだけだ。
「自己紹介はまた今度するよ。もうすぐ、ここにトラックが来るからそれに乗せて貰って、中華連邦からエリア11へ行くと良い。はい、こっちがパスポートと旅費。エリア11からどこへ向かえば良いのかは、右のポケットに入れておいたから」
 至れり尽くせりに渡してくる相手を、疑うだけ無駄だというのは今のやりとりだけでわかった。
 痛む傷を抑えながら、せめてこれだけでも聞かなければ。
「僕の家族の名前は、なんていうんですか?」
 晴れやかに笑って、まるで自分の誇りであるように彼は言う。
「ルルーシュとナナリー。特にルルーシュは、やさしい人だよ!!」



***
 ロロを無かったことには出来ませんでした。orz
 スザクはもう銃殺刑覚悟の軍脱走です。でも、最後の置き土産とばかりに多分オレンジがフォローしてくれているに違いない……。
 


その月はあまりに清く、




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