本来であれば、二人とも混乱しても良いはずだったのに。
 あまりにも落ち着きを払う上司の姿に、セシルはすっかり落ち着きを取り戻してしまった。
 いつも通りの特派トレーラー内。
 予算はほとんど全てZ-01ランスロットに注がれているため、研究施設を増築することも出来ずこの有様である。
 それでも、矢張り流石は軍だと今なら思える。
 最新設備であることに違いは無い。市井に身を置いて数年、環境は大事だとつくづく理解した。
「あっはぁ〜落ち着いた? セシルくん」
「えぇ、まぁ」
「あっそ。じゃ、こっちのデータ検証よろしく〜」
「構いませんけどロイドさん。現在時間軸では、枢木卿……じゃなかった、スザクくんはいないんですよ。せめて、明日にならないと」
「そういえばそうだねぇ。でもま、出したいデータのまとめとか比較とかの基準値は必要だし、あ、こっちも」
「えぇ?! これって、ランスロット・コンクエスター用にとったデータのシュミレートじゃないですか!!」
「うん。スザクくんが割といい数字で出してくれたから、ほとんど覚えてたんだよねぇ。シュミレーターに数字だけ突っ込んでみちゃったぁ」
 あはは〜。
 のらくらと笑う上司に対し、秘書官兼副官の彼女の脳裏にある言葉が思い浮かんだが口には出さない。
 一応、これでも上官なのだ。
 変態などと思わない、思わないとも。思ってしまったら負ける。
 なにがって、この上官についていけてしまう自分という存在が。
「エナジーウィングのほうがフロートユニットよりもエネルギーの持ちが良かったし、エナジーフィラーの小型化とか効率良い算出方法とかも覚えていられるうちに出しちゃいたいからね〜」
「現段階では、ほとんど机上の空論でしかありませんよ?」
「その辺は、ドルイドシステムによる演算でなんとかするのが良いかなぁ、って。あ、そうだ、ガウェインのドルイドシステムに、蜃気楼に積んであった演算システム乗せたらどうなるかなぁ」
「あれ以上KMFを大きくしてどうするんですか!」
「えーでもー、あれ指揮官機じゃない? 目立つよぉ」
「蜃気楼の絶対防御は、陛下のように演算システムと友達になれるような明晰な頭脳が無いと無理だと思うんですけど………」
「スザク君の身体能力値並に、探すの大変そーだねぇ」
「シュミレーションテスト、もう一度申請してやらせてもらいますか?」
「まずテスト作らないとでしょ。そしたら」
「ですよねぇ。………ニーナさんがいたら、手伝って貰えるのに」
「引っ張ってきてみる?」
「ロ・イ・ド・さん? この記憶が複数あるかどうかもわからない現状を、どうやって説明する気ですか? 仮にも私たちは科学者ですよ?」
 にこにこと笑うセシルだが、その手はしっかりとロイドの胸倉をつかんでおり目は笑っていなかった。
 明後日の方向を向きだす男だが、副官は逃れることを許さない。
 ぎりぎり、というよりも、軋みだしそうなほど手に力がこめられていく。
「わかったわかったわかりました! 当分は様子見と、ランスロットのバージョンアップに専念しまぁっす!!」
「ご理解いただけて、何よりです」
 変わらない笑みが、ほわりと浮かぶ。
 先ほどよりも表情が柔らかいが、妙なことを言えば次の瞬間逆戻りなのはよくよく承知している。
 背もたれに身体を預けて、拾った命でため息をついた。
「………いいんですか?」
「なにが?」
 キータッチオンが、早くなっていく。
 リズミカルに、歪みも滞りもなく。いくつかの項目を手と目でチェックしながら、セシルは顔を上げない。
 向き合って会話など、実際多くは無い。
 もうそれで、慣れきってしまっている。今更特筆すべきことではない。
「陛下のもとへ、行かなくて」
 唯一、彼が臣下の礼をとったのは、未だ十代の少年だった。
 彼は世界の悪意を一身に背負って逝くことを、決めていた。
 出会った時、すでに離別は必然だった。
 それを、悔いたことが無いとは言わない。もっと早く、出会いたかった。
「いいんだよ」
「でも」
「もしも、さ。僕らと出会うことで、陛下の未来が決まっちゃったらどうする?」
「………未来って、そんな簡単に決まるものでしょうか」
「さぁ? でも、もし、たったひとつの要因で逃れられない未来が待つことになったら、僕はそれこそを恐れる」
 だから会いには行かない。
 別の未来が待っていると、本当にわかるようになるまで。
「ロイドさん」
「ん?」
「プリン、作ってさしあげます」
「全力で遠慮しまぁす!!」
 二秒後、素直な科学者の喉から、鶏を絞め殺すような壮絶な悲鳴がトレーラー内を響き渡る。
 いつものことだと、ほかの技術者たちは素知らぬ振りで作業を進める。
 なにがあったのか、ぐったりと青い顔のロイドが、机に突っ伏して、小さく。
 それでも、会えるなら会いたいな。
 呟けば、副官が静かに微笑んで頷いた。



***
 楽天的発想が出来ない科学者二人。
 なにかひとつの要因で、自分が知っている最期をまたルルが辿ると思ったら動けない。臆病というよりは、理性の生き物だから、かな。


空の月、望むが如し




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