コーネリアは、今が夢ならば永遠に覚めて欲しくないとさえ思った。
 柄にも無いことだとは、わかっている。
 けれど、本心からそれを願った。
 腕の中には愛しい妹。最愛の妹。
 ルルーシュだって、ナナリーだって、カリーヌだって、クロヴィスだって、大切な弟妹だ。
 けれど、彼女は、彼女だけは別格なのだ。
 女の子らしい女の子。自分の天使。
 いつだって、戦場から埃まみれで帰ってきた自分を笑顔で抱きしめてくれた妹。
 ユーフェミア。
 コーネリアの天使が、腕の中にいた。
「お、お姉さまっ?」
 混乱する声でさえ、愛らしいとさえ感じた。
 彼女が生きている。生きて、声を聞かせてくれる。
 なんという至福だろう! ぎゅう、と更に力をこめれば、ますますユーフェミアは混乱し、ぱたぱたと暴れる。
 だが、そこは現役軍人とお世辞にもエクササイズ程度しか運動をしていない人間の差だ。
 まったく逃れることが出来ないまま体力切れとなれば、そこで苦笑交じりにギルフォードが姫様、と声をかけた。
 慌てて腕の力を解くと、目を回しているユーフェミアの姿。
「す、すまん! 大丈夫か!!」
「えぇ、大丈夫ですけれど……。どうされたんです、一体」
 遠征から帰ってきたわけでもない。
 次の出征まで、まだ少しあるし、昨日だって一緒にお茶をしたじゃありませんか。
 まるで、何年も生き別れていたようです。
 どこか拗ねたように怒る姿さえ、実際コーネリアにとっては数年ぶりの姿だった。
 それに、生き別れどころではない。
 彼女は死んだのだ。ころされた。
 理不尽な力で心を蹂躙され、本意ではないことを強制された挙句、殺されたのだ。
「おねえさま?」
 きょとん、と、愛らしく目を瞬かせているユーフェミアを、もう一度。
 今度はやさしく抱きしめた。
「ユフィ………」
「はい?」
「………」
「お姉さま?」
「………私は、駄目な姉だ」
「………はい?」
「……ユフィ、ルルーシュを覚えているか」
「えぇ、勿論!」
 弾むような声。きっと、自分も知らぬ頃なら同じように楽しい思い出に浸れたに違いない。
 しかし、もう駄目だ。
 ゼロの正体がルルーシュと知り、ルルーシュが行った事を知り、なによりルルーシュがクロヴィスとユーフェミアを殺したという事実が。
 コーネリアの胸に、重くのしかかる。
「あの二人が生きていたら、会いたいか」
「はい!」
「………そうか」
「お姉さま、本当に今日はどうなさったんですか? どこかお加減でも?」
「いいや、なんでもない………」
 なんでもない。
 繰り返さなければ、彼女の心はもちそうになかった。
 ルルーシュをゼロという怪物にしてしまった一因は、少なからずこの国にありこの世界にあり、そして自分たちにもあるだろう。
 だからといって、彼の行動を許せるとは思えない。
 奪われたあの時の喪失感を、コーネリアは忘れてはいない。
 シュナイゼルという、ある種の化け物からも身を守らなければならないことはよくわかっている。
 父である皇帝に、記憶があるかは定かではない。
 けれど、元より頼るべき存在ではないことは百も承知である。
 幼い頃後ろ盾をなくし心細さでいっぱいだった幼い兄妹を、躊躇なく人質として放り込んだ父。
 恐ろしさを教えてくれたのは、結局ルルーシュであったことを思い出す。
 随分と、自身の価値観に現れてくれるものだ。あの綺麗な顔をした異母弟は。
「お姉さま」
「うん………?」
「ひどい顔色です」
「………そうか?」
「はい」
 じっと見つめてくる、綺麗な薄青を混ぜた紫。
 永遠に失われたと思われた、妹の瞳の色。
「お姉さま、わたくし、思うんです。どれだけお姉さまが戦場で心を重く黒くしてしまったとしても、それでも、向かえるべき明日は真っ白だって」
「ユフィ………?」
「後悔は無いんです。ちっとも。だって、るるーしゅはわたしのてをとろうとしてくださったんですもの」
「ユーフェミア、まさか………!」
「え?」
 あまく、あわく、とけてしまいそうなほどかすかだった言葉は。
 鋭くあげてしまったコーネリアの声を前に、泡沫よりも儚くどこかへはじけてしまった。
 数度瞬きをする彼女の瞳には、不思議そうな色が浮かんでおりそれ以上のものは見えない。
 しかし、今のことを夢と思うには言葉は重量がありすぎた。
 どうして、ルルーシュとユーフェミアが手を取り合おうとしていたのか。
 彼の性格上、そういった場でだまし討ちをするとは到底思えない。そんな美学のないことを、彼はしない。
 ならばどうして、あんな惨劇を生み出すことになったのか。
 自分の手で終わらせてまで。手を取り合おうとした次には、殺すなんて、一体なにがあって。
 結局。
 ギアスはなにかを、探しもとめて大まかなところまで得られたとしても、答えは見つかっていないままなのだ。
 なにも、わかっていなかった。
 ギアスによって操られた、それは確かだろう。
 だが、どうしてそうなったのか。
 本当の意味では、なにもわかっていなかった。もしそこに、微かにでもユーフェミアの意思が存在していたらと思うと怖くて。
 触れることが、出来なかった。
 そんなことあるはずないと、わかっていたのに。
「ユフィ」
「え?」
「エリア11に、行ってこようと思う」
「ルルーシュたちの、お墓参りですか?」
「いいや」
 首を横にすれば、赤紫の鮮やかな髪が肩と言わず胸の上といわずなだらかに跳ねた。
 ますますもって不可思議そうな表情を隠せない妹に、笑顔を浮かべる。
「会いに行こう。本当の、ルルーシュに」
 逃げ回っても明日が来るなら。
 会いに行こう、明日に。



***
 シュナ兄様も記憶ありますが、わりと気にしなさそうなのでスルー。
 ユフィとルルの間にある真実を、知っているのは本当に限られた人だけなので、そうなる前に接点無理やり作ってみました。←


晴れんとの知るよしなくて、




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