そうして薄氷は紫電に出逢った




 大きな本を二冊、両脇にほとんど抱えるようにして持ってきた少年とロイドが会ったのは彼がまだ五歳の時だった。
 電子工学の本などどうしていたのだろうと、疑問符を向けていればチェス・テーブルの向かいに座る男が本の感想を求める。
 いくらなんでも、五歳前後の子供に理解出来る内容ではない。
 皇族といえど、別に先天的に頭が良いわけではない。
 そういう教育を施すから、そういう人間になっていくのだ。
 なにも、人間は生まれながらに真っ白である。なんて格言だかを、引っ張り出すつもりは無いけれども。
「つまり、この本に書かれていたことをもっと進歩させて考えられたものがKMFだと仰るのですか?」
「ああ。幸い、それに必要なレアメタルも見つかった」
「わかりました。これの続きをお借りしても?」
「大学の研究室だな。ロイド、お前持っていたか?」
「いきなりなんで僕に振るかなぁ。これのシリーズならあるけど、ちょっと古くない? 新しい版、もう出てるでしょ」
 この業界、三年や五年そこらで一気に技術が進む。
 理論体系を綴る本ならまだしも、完全な技術書である。
 使い物にならないとはいわないが、どうせなら、という意識が働いてしまう。
「ではお前の本を貸せ。持ってくるのが嫌なら、人を寄越すが?」
「あ〜〜。いいですいいです。書庫に入られて書類持ってかれたり面倒だからって火つけられたりするのも嫌ですしぃ」
 ざぇんねんでしたぁ。
 なにを企んでいたのか大まかに予想出来ていた男は、金糸の髪をした皇子に向かい手指を振る。
 気を悪くした風もなく、そういうことだと少年へ視線を向けて促した。
「では、よろしくお願いいたします。サー・アスプルンド」
「おんやぁ? 僕の名前、ご存知?」
「僭越ながら、上位皇位継承権者に近い方々のお名前とお顔は一致させておりますので」
 ごく自然な動作で、腰を折る。
 そういえば誰だったのかも、わからなかったのだ。
 ロイドの興味がようやく向いたのを、空気で感じ取ったのだろう。
 喉を震わせるように笑いながら、キングでナイトを蹴散らしながらシュナイゼルは口を開いた。
「ソレは、ルルーシュ。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。私の九番目に下の弟だ」
 もっとも、妹も含めればもっと下になるがな。
 相変わらずの兄妹の多さに、いっそ呆れることもなく「なぁるほどぉ」とロイドは呟いた。
「ご聡明なはずですねぇ。ルルーシュ殿下?」
「どうぞルルーシュと。私は、サーよりも年下でありますし」
 なにより、十一番目の皇子など伯爵よりも格下だ。
 隠そうともしない本心に、ロイドの瞳が細まる。
「面白いだろう? ソレは」
「あなたの弟君とは、思えないくらぁい」
「抜けぬけとよく言う」
 象牙の駒は動かされていたが、ナイトを一人欠いた程度ではまだ盤上に大きな変化は無い。
「僕の本、KMFにばっかり偏ってるんですけど。よろしければ、ごらんになりますぅ?」
 伸ばした手に、重ねられた幼い手。
 五歳の子供が人殺しの道具に興味を持っているというのが、まずロイドの興味を引いたことだった。


「殿下ぁ、殿下ぁ」
「なんだ」
「あーきーまーしーたぁ〜〜〜〜〜〜〜〜」
「お前の屋敷だ、好きに寛いでいれば良いだろう」
「流石に、賓客書庫に放りっぱなしっていうのはどうでしょう?」
「じゃあ我慢しろ」
「えぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 書庫に訪れるようになってから、これで三度目だけれど。
 びっしり一面を本棚に埋め尽くされたこの暗い部屋で、ルルーシュは本を探すことと内容を吸収することに集中してしまっている。
 構われないのは、酷くつまらない。
 この部屋にある本は、正直なくなってしまってもかまわないものが大半だ。
 何故なら、既に内容は選別・凝縮・応用・発展されてロイドの脳内に滑り込んでしまっている。
「僕でよろしければ、其の本の解釈承りますけどぉ?」
「お前の説明は、専門用語の羅列でわかり辛い。俺は素人だと、何度言わせる」
「そのお歳で金属配合の利率計算を暗算でこなすんですから、素人じゃないと思いますよぉ?」
「全ての計算は足して引いてかけて割ればなんとかなるだろう、いいから黙っていろ。書架の二十三番、上から五段目、右から十三冊……か? 赤い表紙、著者は」
「レミエル・グレイドですかぁ? はーい。ただいまお持ちしまぁす」
 全て言い終わる前に、少年が求める本に思い至りロイドは腰掛けていたはしごから離れた。
 ついでに、この系統で他必要だろうと思われる本を数冊抜き取って少年の傍らに積み上げる。
「構ってくださいよぉ。つまんないんですけどー」
「これが終わったらな」
「既にそう仰られて、六時間二十三分四十五秒が経過してます、あ、二秒プラスで」
「……細かいな。別に、お前の屋敷なんだ。お前が好きに振舞わなくて、どうする。こんな子供相手に、遠慮は無用だろう」
 少なくとも、今この書庫には二人しかいない。
 格下の皇子であろうと、一応は皇族。
 この国が帝政を為している以上、皇族には絶対である。
 実質伯爵位よりも皇帝への謁見が難しかろうと、表では皇族であるルルーシュに対し丁重な扱いをする義務がアスプルンド伯爵家にはある。
 けれど、今この場においては本人達が気にしないのだ。
 どうする必要もないだろう。というのが、ルルーシュの意見だった。
 紅茶でも運ばせれば良い、という意見に、昔飲みながらしていたら院で借りた本にぶちまけて同輩に物凄く怒られた、などという情け無い返事が返ってくる。
「仕方ないな」
「遊んでいただけますんで?」
 言いながら視線を向けるけれど、アイスブルーの瞳はどことなく拗ねた色を浮かべている。
 もう一度、仕方ない。と嘆息し、本に栞というほど上等でもない。
 ルーズリーフを一枚乱雑に破かれた紙を挟み、本を畳んだ。
「一息つきたい。なにか用意させろ、その間に――」
 伸ばされた手がくしゃりとロイドの僅かに癖を残す髪を撫でる。
「機嫌を直しておけ。あとで、聞きたいところを整理する」
「イエス・ユアハイネス。ふふー、そう言っていただけると思ってましたよぉ」
 満面の笑みのロイドに、お前の年齢はいくつだと思わず呟きそうになる若干五歳の皇子であった。



***
 ロイド+幼ルル。
 手出ししていませんよ?! 出したら犯罪だし!!(17歳に出しても犯罪ですが
 シュナイゼルが出てくる前に、とはいえ、今夜出てくるのですけれどねぇ。
 書けるうちに、書いていきたいと思います。





ブラウザバックでお戻り下さい。