アッシュフォード学園、生徒会室。 クラブハウスの一室で雁首揃えてなにをしているのかと言われれば、唸っているとしか言いようのない少年少女の姿があった。 ミレイはため息を吐きつつ、自身の制服姿を見つめる。 コスプレは散々仕事でもやってきたが、制服はまた一味違う。まして母校のものならなお更だ。 リヴァルはため息を吐きつつ、割と純粋に喜んだ。 縁は遠くなっていないが、それでも学生時代に比べればぐっと会う機会は減ってしまった女性が目の前にいる。 ニーナはため息を吐きつつ、目の前の現実に目を回していた。 どうして目が覚めたら固い研究所の机の上ではなく、学生時代を過ごした自室で、ベッドの上だったのか。 三人のため息がユニゾンし。 思い切り顔をあげたのは、やはり我慢の限界を迎えたミレイだった。 「リセーーーーーーーーット!!」 「会長ぉ、それ今シャレになんないっす」 「ね……」 「いいのよ! リセットリセット!! 三人でこんな顔突き合わせてたって仕方ないでしょう?!」 ばむばむ、と、ファイルの上に手を叩きつけてじたじたと動く。 ホワイトボードを引っ張り目の前に出すと、軽い音を立ててキャップをはずした。 それをニーナにはい。と渡すと、ミレイ自身は指揮棒を取り出して軽く振る。 「状況を整理しましょ。まずは共通項。ひとつ、私たちには重複している部分を含め五年先の記憶がある。ふたつ、今は最後の記憶より五年前。まずはこれね」 少女が、言葉にしたがって羅列していく。 そこへリヴァルが手を上げた。はい、リヴァルくん。などという戯言を交わして言葉を待つ。 「でも、実際全員この五年の記憶があるか、っていうと違うんだよな」 「えぇ。まず、ルルちゃんは無かった。それは、三年前にあの子が………あんなことになっちゃったから、とも思ったけど、だったら丸々三年分の記憶が無いだけでいいのに、丸五年分。それに、シャーリーもね」 「ナナリーちゃんや、咲世子さんは……?」 「微妙に話しはぐらかされたのよ……。ナナちゃんはともかく、咲世子さんの口を割らせるのは、ちょっと難しいのよねー」 彼女、ニンジャだし。 うーむと考えこむミレイの爆弾を、とりあえず気にしないことにして二人は悩んだ。 ニンジャってなんだろう、文字通りのニンジャだろうか。突っ込んだら負けだろうか。負けな気がする。 「カレンさんはどうだと思います?」 「そうねー。今日は来てるんだっけ?」 「ううん。それに、学校に来始めるのは、もうちょっと後だったと思う。……ゼロが、出てくるちょっと前くらいだったと思うから」 「そ。じゃあ、今頃は黒の騎士団の活動中かしらね〜」 記憶が無い組に、ルルーシュとシャーリー、グレーゾーンにナナリーや咲世子、カレンの名前が連ねられていく。 「後は………スザク、かな」 「スザクも学園に来るのは、ゼロの登場の後よね」 くるり、と丸でスザクの名前がグレーゾーンへ引っ張られてクエッションマークが加えられた。 生徒会メンバーの中で、確実に記憶があるのがこの場の三人。 完全に記憶が無いと推測されるのが、ルルーシュとシャーリー。 記憶があるか曖昧なのが、ナナリー、咲世子、カレン、スザクだ。 「俺もちょろっと様子見てたんだけどさ。そもそも、ブラックリベリオンの後の生徒ってほとんど総入れ替え状態だったから、確認出来なかったり、わかんないこと多いんだよな」 「あれも、なんか違和感あるわよねー。ニーナ、なにか気づいたことはある?」 「気づいたこと、っていうか、これ、未来の情報になっちゃうんだけど……」 「なになに? もう、バンバンぶっちゃけちゃって頂戴。正直、未来の情報を今の年代に持ち込むのがアウトとか言ってられないと思うのよね。誰が制限かましてるわけでもないでしょうし」 制限をかけているのだとしたら、二重記憶のどちらかを封じるくらいはやってのけるだろう。 だが、それはされていない。 「ヴィレッタ・ヌゥさん、って、言って、わかる?」 「ヴィレッタ先生だろ? 俺の記憶のかたっぽだと、よくルルーシュの奴追いかけてたけど」 「あれはルルちゃんが授業サボるからでしょ。おんなじことよくやってたリヴァルが言うんじゃありませんっ!」 ぐに。とリヴァルの頬をつねりながら、ミレイが先を促す。 こくり。首を縦にして、少女はおずおずと口を開いた。 「あのね、ヴィレッタ・ヌゥさんって、軍人なの。割と、偉いほうの」 「………マジ?」 「うん。ブラックリベリオンで功績を上げて、貴族になった、って言ってた。私、その頃はもう本国で………いたから」 不意に口ごもる少女を、切なく笑ってミレイは抱きしめた。 ぎゅっとぎゅっと、抱きしめる。 彼女が主任となって行った研究で、数年後万単位の人が死ぬ。 罪を改めて、思い出したのだろう。ミレイ自身には、背負えぬ罪だ。 ニーナが受け止めるしかない事実。けれど、それでも、彼女を抱きしめることは出来る。 「ありがと、ミレイちゃん……」 言葉を返すことなく、にこりと彼女は笑って見せた。 「ヴィレッタ先生が軍人なー。そりゃ、体力は馬鹿みたいにあったけど」 「でも、貴族の軍人さんがなんでまたうちの学園に?」 疑問そのいち、として、ヴィレッタ先生。が加えられる。 「じゃあ、同じ時期で違和感の片方。ロロのことはなにか知ってる?」 「ロロ?」 「んー。そっちは知らないか」 「ご、ごめんなさい……」 「いいのよう! じゃ、疑問ふたつめね。ロロ、っと……」 彼を知らぬニーナに、二人がざっと説明を加える。 何故か、違和感なく彼をルルーシュの弟だと思っていたこと。 一年間、ナナリーがいなかったこと。 「やっぱりブラックリベリオンで、なにかあったと考えるのが妥当よねー」 「ありえそうなのは、ルルーシュの奴が黒の騎士団の幹部だった、とかじゃねぇ?」 「だったら、なんで皇帝陛下に君臨しちゃうのよ。女王様みたいで似合ってたけど」 余計な一言を付け加えるミレイに、思わずリヴァルやニーナが笑う。 「ロロがピンポイントにルルちゃんの傍にいたあたり、目的はきっとルルーシュよね。ほかの生徒が目的にしては、べったりだったし」 「いや、アレはルルーシュの奴がロロにべったりだったせいもあるんでしょうけど」 ナナリーと同様の甘やかし方をしていれば当然か。 知らず、肩を落とす。 「考えを絞りましょう。まず、ブラックリベリオンの後の違和感全部がルルーシュを目的としたものだと仮定する」 ホワイトボードの中央に、ルルーシュの名前が書かれる。 その下に、ロロの名前が加えられ、隣にヴィレッタの名前が並んだ。 「ブラックリベリオンで、ルルーシュはなにかをやらかした。貴族にまで伸し上がった軍人が、介入するくらいのなにか」 「でも、ブラックリベリオンは失敗。ルルーシュは本国からにらまれる形になったから、黒の騎士団が関与すること。あー、でも、ルルーシュが実は皇族だった、ってんなら、ブラックリベリオンで素性がバレて、それでSPとして配属された、ってことは無いですか?」 「イイ線だとは思うけど、そしたらウチが財産没収と取り潰しにならなかったことがおかしいと思うのよね。皇族を匿っていたなんて、反逆罪ものよ?」 皇族と知らず、などという言い訳は通用しない。 ルルーシュの母であるマリアンヌの後見は、アッシュフォード家である。 軍にルルーシュの存在が知られた、にもかかわらず、アッシュフォード家及び学園は無傷で、しかし軍人の介入を許してしまっていた。 ピースは揃っている。 けれど埋めきってしまう、決意が足りない。 心のどこかでは、気づいている。 もう、理解している。 ミレイは神妙に目を伏せ、そして開いた。決意を、秘めて。 「ルルーシュがゼロだった。これで、全部納得つけられるわね」 「会長!!」 「違う? ニーナ」 触れまいとしたことに、あえて触れた彼女に、さしものリヴァルも声をあげる。 けれどそれには取り合わず、金色の髪を揺らして幼馴染を見つめた。 頬をさらに白くさせて、眼鏡の奥の瞳は揺らいでいる。 「さっきも言ったけど、ぶっちゃけトークしちゃいましょ。ここは私たちの知る五年前の世界。ブリタニアは貴族制度を保って、権威を振るって、ナンバーズは貶められている。毎日ゲットーでは虐殺が起きている、そんなひどい世界よ。………でもね」 でも。 重ねて、彼女は、少しだけ笑った。 眉を下げて、どこか悲しそうに、うれしそうに、切なそうに。 「でも、まだ誰も死んでないの。あの日から奪われた人たちは、死んでないの。シャーリーのお父さんも、シャーリーも、クロヴィス殿下も、エリア11の政庁にいた方々も、エリア11……いいえ、ニッポンの人も、本国の首都に住んでいた人も」 まだ誰も、死んでない。 今まで死んでしまった人が、いるのはわかっているけれど。 まだ死んでいない人たちだって、多くいる。 「それに―――ユーフェミア様も」 ニーナにとっての女神の名前に、はじかれるように顔を上げる。 いつの日か、手ひどい言葉でミレイとユーフェミアを比較した言葉がニーナの脳裏に過ぎる。 あんなに酷いことを言ったのに、こうしてまだ差し伸べてくれるやさしさに、足が崩れそうだ。 ユーフェミアはいつだって、前を向いていた。逃げなかった。 ミレイは逃げたのだろうか。違う気がする。逃げた人は、きっとこんな風に笑わない。 逃げたのは、自分だ。 みっともないコンプレックスから、現実から。胸を張れないから、他人を否定して悦に入ろうとしていた。 スザクに教えられた、女神様の最期。 彼女は誰もにも、恨み言を吐くことなく逝ったというのに。 自分の絶望を、悲しみを、受け止めきれずに誰かのせいにして叫び散らして正当化しようとした。 「教えて、ニーナ。今、この場で。あなた以上に、世界に残る"本当のことを知っているひと"は、いないのよ」 惨めな自分と、さよならなんて出来ない。 受け止めきることも、出来ない。 自分はそこまで、強くない。 だけど。 リヴァルが、軽くでもいいからさ。と言って、笑ってくれる。 ミレイが、黙って待っていてくれる。 だから彼女は、踏み出した。 昨日とは違う、今日とも違う、自分と向き合うために。 生きている自分には、変わることが出来る明日があるのだと、教えてくれたやさしい皇帝の真実を、彼女は語りだした。 *** 逆行ねた、あっしゅふぉーど学園編。 逆行出来ているのは、R2最後まで生き残っている人で、一件に近かった人たちのみ。ということで。(なのでシャーリーに記憶はありません また、記憶の操作を受けていない状態まで戻されているので、ブラックリベリオン後一年の記憶が並列化を起こしているという次第。 |