「わたくし共は、みなさまを責めるつもりは御座いません」
 丁寧に。
 そして、静かに。
 咲世子は、まず一礼をしてから厳かに言い切った。
 捕虜が解放され、未だ三日として空いていない。
 混乱しきった世界を、ひとまず落ち着けているのはシュナイゼルとゼロの二人だ。
 カノンもそれに協力し、ブリタニアでも能力の高い政務官達をひとまず日本に集めて世界中に采配を振るっている。
 フレイヤを搭載したダモクレスは、既に成層圏を抜けて破壊されていることがゼロより語られた。
 彼の功績となり、また世界が沸く。
 そうして世界が興奮している間に、対応と対策と方針を決めようというのがゼロから言伝を預かってきた咲世子の言だった。
 黒の騎士団の面々は、猜疑の眼で彼女を見ることをやめてはいない。
 ゼロに近しい人間として、招かれていたことを彼らは知っている。
 しかし、彼女は平然と言い切ってみせた。
 恨んでなど、いないのだと。
「………咲世子さん。あの、ゼロは」
「ゼロは、ゼロです。正体など無意味。彼は、記号に過ぎません」
「咲世子さん!!」
「はい」
「………本当のことは、なに?」
 震える声で、カレンが問いかける。
 メイドであると同時に、主君に忠実な忍はにこりともしないで先と同じ言葉を繰り返した。
 カレンが泣きそうになりながら、顔をゆがめる。
「あれは、ゼロなのね」
「はい」
 表情に変化など、まったく見られなかった。
 だが、それ故に。内心の嵐が、わかるような気さえしてくる。
 ぎゅ、と、カレンは拳を握った。
「カレン様へ、ゼロからのご伝言を承っております」
「私に……?」
「はい。『学生は学生の本分を全うしろ。アッシュフォード学園へ、戻れる手配はしておいた。君の未来を、応援している』と」
 言葉に、今度こそ打ちのめされたようにカレンがひざから崩れ落ちる。
 裏切ったとは、思わない。
 それでも、手のひらを返したのは自分だ。
 答えだけを求めて、過程なんて省みないで問題集の答えだけを求めるように、答えだけを求めて。
 その答えが、求めるものと違うからといって、気に入らないと、手のひらを返して認めないと吠え立てて殺そうとしたのは自分だ。
 なのに、未来を用意してくれていた。
 彼は、一度もこちらを見捨てないでいてくれた。
 なにも出来ない。もう、なにも出来ない。
 謝ることさえ出来ないのに、与えられてばかりの自分はなにをしたら良いのだろう。
 涙すら浮かべることも出来ず、嗚咽があふれる。喉が引きつって、息がし辛い。
 杉山や南が見かねたように手を伸ばすけれど、かぶりを振って拒否をした。
 我侭だ。心配してもらっていると、わかっているのに。
 それでも、手を借りたくはなかった。
 そんな態度が、また自分を子供なのだと教えている。いくらエースパイロットとして名を馳せようと、結局十代の子供でしかない。
 子供であることを許され続けていた。
 ルルーシュも、スザクも、自分にそんなこと許さなかったろうに。
「神楽耶様」
「……わたくしにも、なにか?」
「はい。こちらは、ゼロとシュナイゼル閣下が用意したプランです。現在の混迷を極める情勢においては、初代合集国議長を勤められた神楽耶様が三代目を引き継がれるのがもっとも好ましいとのことです」
 既に、諸外国首相の認可は得ております。
 言って彼女に渡すのが、フラッシュメモリだ。
 恐らく、紙の束では到底利かない復興計画についてのプランがこれでもかと詰まっているのだろう。
 手をのばしかけて、それから躊躇うように指でなぞるように触れ、手にしないまま見上げた。
 笑顔のような、笑顔でないような、メイドの笑みと疲労にあふれた少女の笑みが交錯する。
「わたくしが、世界から引くことを許してはいただけませんの?」
「このままの世界を、放り出して逃げ出すような人間だと世界に宣言なさるお覚悟があるのでしたら、わたくしは止める術を持ちえません」
 あくまでも、一介の使用人に過ぎぬ身です。
 淡々と告げられ、困ったように笑う笑みは変わらず、神楽耶はフラッシュメモリを手に取った。
 覚悟は出来ていないと、その口で告げる。
 けれどやはり、メイドはなにも言わなかった。
「他、皆様方にもなさっていただきたいことは御座います。不肖、篠崎咲世子、ゼロの命によりそれらを持参して参りました」
「受け取りますわ。世界にとって、必要ですもの」
「はい」
 自分たちにとっても、必要だろう。とは、彼女は言わなかった。
 それが安いプライドが故か、それとも遺してくれた"ゼロ"への敬意であるかを。
 メイドである彼女が判断を下すことはない。
「"ゼロ"の生死についても、"ゼロ"から発表があります。くれぐれも、ご留意下さい」
「………なにからなにまでのご配慮、痛み入ります。必ず、この御礼のために伺わせていただきます」
「いいえ」
「………え」
 のろりと、カレンが顔を上げる。
 憔悴しきった顔と、疲労困憊の顔。二つ向けられようと、メイドの表情は変わらない。
 柔らかな微笑と苦無に似た鋭さを併せ持った、内心をうかがい知れぬ面。
「御礼など必要ありません。ゼロは、ゼロに必要なことをしたまでのこと。ひいては、世界のため。今日を、明日を生きる全ての方のためのこと。そのような時間を作るのでしたら、一刻も早い復興を、と」
「それも、ゼロが……?」
「全てをはっきりと仰られたわけでは、ありませんが」
 けれど言外に会う気はないと告げたのは、事実なのだろう。
 血の気をわずかに無くした表情で、神楽耶はそうですか。と頷いた。
「ま、待って! 私、ゼロに言わなきゃいけないこと、あるわ………!」
 ごめんなさいもありがとうも、これからのことも。
 語ることは許してくれないの?! 咲世子に詰め寄らんとしたカレンの手首を、ぐっと神楽耶が引いた。
「―――神楽耶様……」
 どうして。赤い髪さえ褪せたような表情で、唇は震えていた。
 けれど、神楽耶は手を離さずわずかに眼を伏せて一度首を横にする。
「わたくし達は、己で己を罰しなければなりません。あの方が、私たちを許してくださったからといって。はじめから、それを罪として数えないでいてくださったからといって、私たちは、己で己を許して良い理由にはなりません」
 信じきらなかった。
 疑った。
 国と国という場において、彼を公の場で罵った。
 戦場という局面において、守るといったのに攻撃をした。
 その、罪を。
 自らで負わなければならない。与えられ無いなら、自らに与えなければ。
「わたくし、これ以上恥知らずな女にはなりたくありませんの」
 もう、遅いかもしれませんけれど。
 力なく笑う少女に、笑い返す気力も無い。
 ああ、がっこうへいかなくちゃ。
 ぜんぶおわったら、がっこうへもどろう、って。ルルーシュがいってくれたもの。
 受け入れるべき現実は、カレンに重く圧し掛かる。
 手の中にある、紅蓮弐式の起動キーは魂よりも軽かった。



***
 神楽耶様とカレンにきびしく。
 責めてもわからないだろうヒトが扇や玉城なら、責められないほうがクルのが神楽耶様やカレンだと思ったので。
 言い訳もなんも認めません。君らは確かに、恥知らずな行いをしたんだから。


子守唄十三時四十五分




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