ばさばさばさばさっ。 頭上に降ってきた紙に、ルルーシュは慌てて目を瞑った。 決済済みの書類と混ざったことに青くなりながら、それでもいくつか目を通すうちに紙の質で見分けられることに気づく。 まとめながら、なにごとかと顔をあげた。 魔女は、相変わらず面白くなさそうにそこにはいた。 「なんだ、いったい」 「なんだとはご挨拶だな。ほれ、嘆願書を持ってきてやったぞ」 「……俺はそんなもの、作った覚えは」 「私が設置してみた」 さらり。 言ってのける魔女に、ルルーシュは露骨に顔を歪ませる。 暴政というのは、彼の性格上非常に面倒なものだった。 どうしても、合理的かつ効率的に生産が上がるようにしたり、能率が上がるようにしたり、システムとして優しいものを取り入れようとしたり。 本能レベルで、そういったものを生み出し、実行してしまおうとする。 その逆をいけば良いのだとわかっているが、無理にしてしまえば現状さえ維持出来なくなってしまう。 それでは困るのだ。 最低五年は、悪逆皇帝の影響が残ってもらわなければ。 良いものを更にあげるのは大変だが、マイナスからゼロへ引き上げることは道筋さえ用意してやればそう難しいことではない。 と、少なくともルルーシュは考えていた。 明晰すぎるほどの頭脳は、体力と運動神経しか取り柄のない幼馴染を今まさに勉強地獄という名の窮地に陥れていたが、なに、かまうことはない。 この程度で根をあげられるほうが、困るのだ。 圧政を強いる一方で、次の布石を打つべく動いていたルルーシュの時間は足りないと言っても過言ではない。 だというのに、一体なにを。 視線で文句を放てば、魔女は即座に叩き落す。 「いいから目を通せ。今後の政策の、参考程度にはなるはずだ」 「お前……」 「いくら庶民生活のほうが馴染みがあるとはいえ、上から見下ろしていたんじゃわからない景色があることを、知っているだろう? ルルーシュ」 意図はそちらかと、口の端が釣りあがる。 ありがたく受け取っておく、と、口にしたところで魔女は動かない。 「……どうした」 「この私が、せっかく運び屋をやってやったんだ。成果を見たい」 「つまりは今、この案件に目を通せといいたいんだな」 「頭がさび付いていないようで、なによりだ。そのひらひら長い格好では、走るだけで体力が目減りしそうだな。お前、どんくさいんだからいざという時のために走って逃げる練習くらいしておけよ」 「ひとのことを何だと思っている。俺の体力値は平均だ。スザクの運動神経や、カレンの体力、会長のバイタリティと並べるな」 「忠告はしたぞ」 言って、さぁはやく見ろ、とばかりに顎で示す。 仕方なしに、紙を数枚手にしてざっと目を通す。 「どうだ? なにか参考になる意見は入っていたか?」 「食料品の物価上昇率がおかしい」 「ほォ?」 「俺は関与しているレベルを超えている。徹底させていたはずだ」 「食品は、市民にダイレクトな影響を与える一番のものだからな」 「あぁ。少なくとも、矯正エリアだった各国への援助物資はこの四分の三の値で統合していたはずだ」 「……ルルーシュ。お前、スーパーのレジ見ただけで、卸値がわかるとでもいうのか」 「底値を知っている元学生を甘く見るな。この件に関しては、咲世子に協力してもらったほうが早いな。セシル嬢には申し訳ないが、衛星も利用させてもらおう。彼女の時間がとれるか、後で聞いておいてくれ」 「この私を使いっ走りにするのは、後にも先にもお前だけだろうよ。……こっちは?」 「……不動産は、ブリタニアからの援助とEUだな。チッ、あの成金。こっちが貴族制廃止したからといってデカイ顔をしていたからなにかと思えば……。手抜き工事をぬけぬけと報告して、さらに褒章まで強請るとはいい根性だ。目に物見せてくれる」 「工場」 「ジェレミアの配下に、人事に強い人間がいただろう。言ってきたのは、おそらくハウスメイドのミシェル・エリアンだ。彼女に接近して、要求を聞きだせ」 「文字見ただけでわかるとか、もういっそ気持ち悪いぞ、ルルーシュ」 「黙れ。次はなんだ」 「あぁ、えぇと………。ルルーシュ」 呆れながらもくつくつと笑っていたC.C.の顔が引き締まり、冷えた表情になる。 彼女の空気の違いを感じ取ったのか、ルルーシュもまた柳眉を寄せた。 「小麦粉が高騰だと………?!」 「………あのな」 「う、ううううるさい! これがどういうことか、お前本当にわかっているのか?! ピザの値上がりだぞ?! 嗚呼! なんて恐ろしい!!」 慟哭とともに打ちひしがれる魔女に、ルルーシュはため息も無い。 ぱらぱらと幾つかの目安箱を見れば、底には飴玉が入っていた。 梅味。 あとで頂こうと、それを机の端に置く。 「まぁ、粉の高騰は食料品のそれと同じくらい重大だしな。わかった、この件は今から処理してしまおう」 「本当か?!」 「仕方ないだろう。悪逆皇帝が倒れてからは、経済はもっと混乱する。せめて、衣食住の問題は安定させておかなければ」 「それでこそ私が見込んだ共犯者だ! 小麦粉のレートを下げて、私にピザをたらふくご馳走してくれてかまわないぞ!!」 満面笑顔の魔女など、見たのはどれほどだろう。 思わずにはいられないほど、彼女はきらきらと輝いていた。 後日。 目安箱には、またもたくさんの紙が入っていた。 『オール・ハイル・ルルーシュ陛下!』 『宮殿のメイドの寮、新築してくださってありがうございます! 一生お仕えいたしますから!!』 『陛下! 美容部のヨランダが、第二警備部のジョシュアに片思いらしいんですけどどうしましょう? いつもみたいな、さくっとした解答待ってます!』 『この間の貴族のセクハラ、なくなりました。本当にありがとうございます。頑張ってお仕事させてください。一生陛下にお仕えしたいです』 えとせとらえとせとら。 そして魔女は、今日も嬉々としてこの箱を抱えて大事な共犯者の下へ行くのだ。 あの男は、人に慕われることが実は慣れていない。 裏切られ続けて、売られ続けてきた人生だ。それも当然。 だからこそ。 "ルルーシュ"だから求められ続けているということを、教え続けてやればいい。 枢木スザクではこうはいかない。 一人ひとりの顔と名前と家族構成を一致させ、小さな相談ごとにも乗ってやるなんて器用な真似は出来はしない。 ルルーシュだから、出来るのだ。もっとも、悩み相談までしてやる皇帝なんて長くを生きるC.C.でさえ聞いたことが無いが。 髪を靡かせて、彼女は歩く。 悪逆皇帝の声も今やひっそり成りを潜め、ナナリー達は隔離の名目で現在オキナワにいる。無論、あのルルーシュがなんのフォローもなく彼らを放り込むなどありえず、最低限の生活は保守されている。見方を変えれば、ほとんどバカンスだ。 もっとも、一部悲劇を気取りたい連中は不平不満を口にしているだろうが。かまうことは無い。 騒がしい宮殿内を見渡せば、C.C.の笑みはますます深まった。 即位三年目、賢帝ルルーシュの名は、世界に広まっている。 *** 賢帝ルルーシュ。 あれ、なんか、リクエスト沿ってない気がしてなりま………。再チャレンジさせてください!!(逃げた |