目を覚ましたら、やわらかいベッド。
 差し込む日差し。
 コーヒーの良い香りが、ここまで届いていた。
 ベッドを降りて。
 さぁ、一日の始まりだ。
「おはよう」
「あ、お兄様!」
「おはよう、兄さん!」
「おはようございます、ルルーシュ様」
 リビングに顔を出せば、既に弟妹とメイドが顔を揃えていた。
 今日は、一番最後らしい。
 思っていれば、珍しいですね、とナナリーが声をかけてくる。
 ロロも同様なのか、首を縦にした。
「遅くまで起きられていたようですが」
「あぁ、ちょっとな」
「まぁ、お兄様ったら、危険なことは駄目です」
「大丈夫だよ、ナナリー。僕が兄さんのこと、見張ってるもの」
「でもロロってば、たまにお兄様と一緒に悪いことしているでしょう?」
 知っているんですよ。
 そう、自慢げに言う妹へ、弟と二人答えを窮す。
 咲世子は、そんな兄と弟へ笑顔を向けて、ほどほどに、と忠告をするのだった。
 情報源が彼女であることは、すぐにわかったが反論などしない。
 それらが心配から来る言葉であることを、ちゃんとわかっている。

―――あぁ。

「あっれー。ルルーシュにロロ? なんでいるの?」
「それは俺の台詞ですよ、会長。なんでいないんですか」
「だって、まだ朝礼はじまってない時間よー?」
「今日中に仕上げなきゃいけない書類を、溜め込んで忘れていたのはどなたでしたっけ?」
「あちゃ。じゃ、私リヴァル引っ張ってくるわね! ニーナは実験室だから、ついでに放送で呼んじゃいましょう!」
「おっはようございまーす!」
「ナイスタイミングよ〜シャーリー!」
 勢い込んで飛び出して行こうとしたミレイと、元気よく入ってきたシャーリーが、扉口でちょうど鉢合わせる。
 早く連れて来てくださいよ、などと言いながら、ルルーシュとロロは書類の端をホチキスで止めていた。
 神経の細かい兄弟は、こういった作業にとても向いている。
 おまけに、集中し出すと周囲の雑音をシャットアウト出来る便利な耳を持っていた。
 もっとも、ミレイが悪巧みをし出すと気づくという性質も持ち合わせていつため、彼女が歯噛みをすることのほうが多いのだが。
「どしたんですか? 会長?」
「んっふっふ〜。ロロ借りるわよ、ルルーシュ!」
「え?!」
「私はニーナを呼んでくるから、ロロは正門でリヴァルゲットのため待機!」
「そんなことしなくたって、別に……」
「やめておこう、兄さん。会長さんに逆らうと、わけわからないペナルティが発生するよ……」
「ロロ! 俺はお前を犠牲にするような真似は……!」
「大丈夫だよ兄さん。っていうか、どうしてそんなにダークサイドに思考が陥りやすいの」
 安心させるようにロロは笑って、軽やかに走りながら生徒会室を出て行く。
 その後を猛然とミレイが走り去って行けば、残されたのはシャーリーとルルーシュの二人だ。
「あ、ああああああああのっ!」
「ん?」
「……なに手伝えばいいかな?」
「じゃ、こっちの書類揃えるの頼む。五枚ずつだから」
「わかった!」
 部屋に落ちる沈黙は、けれど重いものではなく。
 結局、すぐに戻ってこないミレイ達をいぶかしんだルルーシュが扉を開いて盛大に四人を転ばせるまで、二人きりの空間は続いた。

―――なんて。

「ルルーシュ様!」
「ジェレミア。お前、またか……」
「申し訳ありません。ですが!」
「いや、俺も悪かった。だからもう少し声のトーンを抑えてくれ……」
 頭痛を引き起こしそうだ、とばかりに米神を押さえれば、ジェレミアがはっとして、それからおろおろしだす。
 この男は、基本的に心配性で過保護なのだ。
 わかっているから、つい、こんな風に煙に巻いてしまいたくなる。
「クロヴィス兄上と、ユーフェミアの調子はどうだ?」
「ルルーシュ様よりかは、執務から逃げ出しませんよ?」
「お前たちが逃がさないでいるだけだろう。兄上はともかく、ユフィには適度に休憩を入れてやれ。じゃないと、集中力が途切れるとかそれ以前の話になってしまう」
 半歩後ろを歩く男へ言えば、わかりましたと丁寧な礼。
 顎をわずかに引くだけで頷き返して、進める歩みは淀みが無い。
 慣れた調子で電子ロックにパスワードと生体認証をさせれば、滑るようにして扉が開いた。
「調子はどうだ?」
「あっはぁ〜! おひさしぶりでぇっす!」
「ご無沙汰しております、殿下」
「あら、やっと来たのォ?」
 科学者三人にそれぞれ挨拶を返して、すぐに渡される書類へざっと目を通す。
 エナジー・ウィング、輻射波動、ランドスピナー、ファクトスフィア。
 ランスロット、ガウェイン、紅蓮弐式、モルドレッド、ギャラハッド、トリスタン、パーシヴァル。
「ん、こっちはこのままで十分だ。よくやってくれた、セシル」
「とんでもありませんわ」
「え〜〜。ボクのことは無しですかぁ?」
「プリン伯爵はともかく、アタシに評価は無しかい?」
「勿論、お前たちがよくやってくれていることは知っている。だが、ラクシャータ、ロイド」
 にこり。
 笑顔が浮かぶが、それはセシルがよく浮かべるものに似ているのだと、わかっていた。
 思わずロイドはたじろぎ、ラクシャータはそんなことをされる覚えがないと目を瞬いている。
「開発に金が必要なのはわかっているが、こんな阿呆みたいな予算を堂々と申請するお前たちよりも、その手綱を締める彼女を評価するのは当然だと思わないか?」
 二人のブーイングは、セシルの鉄拳により静かにされた。

―――笑える。

 顔をあげれば、父がいた。
 寄り添うように母と、幼い子供のまま時間を止めてしまった叔父がいる。
 傍らには、自称魔女の母の友がいて。
 つまり自分にとって、最大の鬼門がそろっていた。
 ここまで四人が揃うことは珍しい。
 C.C.は常にどこかしらに現れるにしても、父はまず動くことをしない。
 そのままメタボになってしまえと内心で毒づいたら、叔父に怒られた。
 心の声が読める叔父に、いまさら恐怖など感じない。
 それよりも、その毒舌でわりと落ち込んだ父とそれを宥める母のほうがシュールだった。
「あら、どうしたの。ルルーシュ」
「どうもしません。四人とも、そんなところで立ち話ですか」
「うん、ついうっかり」
 つい、で宮殿の廊下で立ち話なんてやめてほしい。
 道理で、先ほどからメイドが寄り付かない一角になっているわけである。
 この廊下は、中央の廊下に抜ける道として割と多用されているのに、回り道をしている人間が多いと思ったらこういうことか。
「母さん、メイドがさっきから困っていましたよ」
「困らせておけばいいじゃない」
「叔父さん、メイドがさっきから困っていましたが」
「でも、シャルルとお話してたいんだもん」
「C.C.、学園の近くで新規開店のピザ屋があることを知っているか」
「どうしてそれをまず言わない、じゃあな、三人とも」
 これで一人撤去に成功した。
 あと三人。
 どうしてくれよう、とため息をつく。
「ルルーシュよ」
「……なんでしょう」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「ルルーシュよ」
「………なんでしょう」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………ルルーシュよ」
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
「あのね、ルルーシュ」
「はい?」
「シャルルは、自分にも言ってほしいんだよ」
「は?」
「メイド、困ってたんでしょ?」
「はい」
「シャルルにも言ってあげて」
「はぁ………。父上」
「なんだ」
「うざいのでどっか行ってください」
 撃沈した父親と、それを必死で宥める母と子供の姿の叔父というシュールな情景が繰り広げられるまえに、ルルーシュはその場から全力を挙げて逃げ出した。

―――笑ってしまうほど、の。

 ねぇ、ルルーシュ。
 ほわりと。
 目の前で、義妹が微笑んだ。
 紅茶のカップはきれいに波立って、すぐに波紋を残すことなく消える。
 丁寧に揃えられた指先は、細部にまで手が入れられている証拠だ。
 つまりは、上流階級の。
「わたしは、あなたにしあわせをあげられたかしら」
 微笑む彼女に、ルルーシュは笑って。
 けれど、首を横にした。
「ユフィ、ユーフェミア。幸せとは、誰かから与えられるものでは無いよ」
「そう? では、あなたはどうやって幸せになるつもりでいたの?」
「……自分の手で」
「自分で?」
「そう、自分の手で、自分の幸せを作り上げる」
「……素敵ね」
「そう思うかい?」
「えぇ、とっても素敵」
 ねぇ、ルルーシュ。
 義妹は笑って、幸せそうに、笑って。
「私と一緒に、幸せな世界を作る協力をしてくれる?」
 伸ばされた手に、自分の手を重ねる。
「どこまでも、惜しみなく」
 ありがとう。
 返される笑顔で、幸せになれるのだと。
 言えば彼女は、どんな風に笑ってくれるのだろう。

―――嗚呼。


 思い返される、いくつものしあわせ。
 自分は、しあわせだった。
 しあわせだった。どこまでも、どこまでも。
 これは夢じゃない。
 これは現実。
 目なんて覚めない夢へ、自分は歩いて行く。
 目を覚ましたらベッドで、ナナリーやロロやシャーリーやユフィがいるなんてことはない。
 レクイエムは歌われる。
 ならば生者がいてはならない。
 声はもう遠い。
 届かない声なのに、耳に僅かに響くのは慟哭。
 ゼロを讃える声の中で、聞こえるのは悲鳴。
 泣かないで、嘆かないでくれ。だって俺は―――、



***
 しあわせなゆめを、みた。
 なんて。


そんな、夢をみた




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