知らないだろう、彼はこんな人なのだ。 笑って、受け入れる人なのだ。 こころのうつくしい、人なのだ。 もう、何度もシュミレートしては、心を乱された。 その度に、いやだいやだと駄々を捏ねては泣く俺を、ルルーシュは根気よく宥め続けてきてくれた。 お前の言葉どおりに、なるだけだよ。 俺の悪意は、世界にやさしくなる薬になるだろう。 すべてがこのゼロレクイエムで片付くはずはないだろうが、それでも。 明日は、朝は、来る。 嘘つきの俺が残せるものは、この悪だけだけれど。 それでも、スザク。 彼は笑っている。 勢い込んで、刺し貫こうと身体は動いていく。 わらって。 ルルーシュは、わらって。 満足そうに、していて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 「・・・っか」 「………え?」 あとほんの少し腕を伸ばすだけで、胸を刺し貫くはずだった儀礼用の装飾ばかりのくせに殺傷能力をもった剣は。 胸の前で、身じろぎもせずに止まっていた。 ゼロが、スザクが、とめていた。 「………っこの馬鹿っ!」 口の中で小さくルルーシュは幼馴染を罵ると、いっそ高らかに笑ってみせる。 悪でなければならないのだ。 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、悪でなければならない。 そして、ゼロは正義と奇跡の体現者でなければならない。 ならば、振舞いは決まっていた。彼を嘲弄すればいい。民衆が求めるゼロをルルーシュが愚弄すれば、それだけで民衆の反感は凄まじいものになるだろう。 「愚かだな、ゼロ! 今更道化師がやってきたところで、無意味だということをわからせ……」 言葉を続けることは、出来なかった。 少年が、仮面を脱ぐ。剣を突きつけられていなければ、慌てて脱ぐのを止めさせていたところだろう。 だが、脱ぎきってしまった。 やわらかい茶の髪が、青空の下に現れる。 ひどく、不機嫌な顔をして。 ひどく、不満な顔をして。 スザクは、口元のマスクさえ引き下ろすと、ようやく剣を下ろし、代わりにゼロの仮面を叩きつけた。 一度バウンドして、それから落下していく。硬い落下物の音が聞こえて、慌ててナナリーを見やったが、幸い彼女には当たっていないようだった。 なによりである。 思わず安堵のため息を吐けば、振り返ってにらみ付ける。 「って、おま、ちょ………!」 この期に及んでなにを。 言おうとしたルルーシュが、あまりの怒気に言葉を飲み込んだ。 「………っか……」 「お、おい、スザ……」 「やってられるかぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」 吼えた。 マントさえ乱雑にむしりとって、地団太を踏む。 全身スーツでそれをやられると、非常にシュールなのだと、民衆は思った。 「ルルーシュ!」 「ほぇあ?!」 情けない声で、ルルーシュが妙な返事をする。 だが、当の本人は気にしていられない。 っていうか、なんだこの展開?! とばかりに、目を白黒させていた。 リヴァルは思わず、目を点にしつつ、そこに確かにルルーシュ・ランペルージをみつけた。 そう。彼は突発事態に大変弱いのである。 「世界なんざ知るか! 誰か一人に全部押し付けなきゃ前に進めないような世界、滅んじまえ!! 明日はほしいが、それは俺とお前と、ついでにナナリーとか、っていうかユフィとか!! そういう、大事な人と一緒に生きられる未来であって、不特定多数の未来じゃねぇよ!!」 ………うっわぁ。あのゼロ口悪ィ。 とは。思っても口には誰もしなかった。 そして、ゼロはゼロでもゼロがナイトオブゼロ、枢木スザクであることに気づいた民衆がざわざわと声をあげている。 だが、今世紀最大級に空気を読む気がまったく無い男は気にもしなかった。 「横暴政策の後の善政まで、今から根回ししてるお人よしのくせに! いいじゃんもうルルーシュ死ななくたって! 死んで花実が咲くものか、って言葉知らないだろ! お前、本当に頭いいくせに馬鹿だよな!!」 「なっ! 聞いていれば、誰が馬鹿だとこの体力馬鹿! 第一、善政になるかどうかなど今後の方針によりけりなんだ! お前の肩に乗っているものだって数多くあるんだぞ!」 「俺に任せようとするあたりで、自分が相当追い詰められてたんだ、って知れよ! 俺だぞ?! 身体動かすの担当のほうだぞ?!」 「堂々と自分の頭が悪いことを、大声で話すんじゃない!! この馬鹿!」 「ほら! ルルーシュだって、俺のこと馬鹿って思ってたんじゃないか!」 「お前の成績の悪さを知っていれば、いやでもこの単語を使わざるを得ないに決まっているだろう?! 誰がお前の追試対策ノートを作ってやったと思っている!!」 ヒートアップしていけば、声もどんどん大きくなる。 本来ならば報道は中止されるのだろうが、むしろミレイが嬉々としてカメラを担いで二人の様子を撮っていた。 全世界に生放送がコレである。 本人たちは、まったく気づいていないが。 「第一、お前殺したなんてユフィに知れたら俺がすっごい怒られるだろ?! Cの世界は死者もいる、ってなんか言ってたし! そしたら、ユフィ怒る。すっごい怒る。口利いてもらえなかったら、どうするつもりだよ!」 「そ、それは……」 「それに誰もその場その場でそこまで覚悟決めて生きてないよ! ルルーシュがまじめ過ぎるんだよ! 藤堂さんを見てみなよ! あの人、奇跡の藤堂って謳われてたって、結局敗戦の将で日本解放戦線でちまちまやるしかなかったんだよ?! 藤堂さんだって、その程度なんだから俺たちがそんなやりきらなくたって、誰もどうとも考えないって!!」 ユーフェミアを持ち出されて思わず語をつめるルルーシュに、スザクはさらに畳み掛けていく。 いきなり槍玉にあげられた藤堂が露骨に落ち込み、そんな彼を千葉が慰める。 無論、拘束されっぱなしのため、口だけで。だが。 「誰もやっていないからといって、自分たちも許されるなどという結論に達して良いわけないだろう! 誰も為していないからこそ、己が規範となって行わなければならないだろうが!!」 それが悪であろうとなんだろうと。 言い切る少年に、まともなことを言っているのはこっちのほうだよなぁ、と、民衆が生ぬるい視線を浮かべる。 ジェレミアなど、なんと立派な……! と、感涙に咽び泣いていた。 「知るか! とにかく、俺は嫌だからな! ルルーシュ殺してはいおしまい。なんて!!」 「だからそれに関しては、さんざん説明しただろう! 俺を憎んでいれば、少なくとも当面は全部俺が悪かったから、と、後からの責任も負わせられるわけで……!」 「知らないって言ってるだろ?!」 「スザク!!」 「ルルーシュは殺さない! これは、俺が決めた俺のルールだ!!」 「また邪魔をする気か俺ルール!!」 「うるさい! お人よしツンデレどじっこ!!」 皇帝陛下はツンデレなのか。どじっこなのか。そして本当は、お人よしなのか。 いやでも、あの皇帝がやった暴政を考えるとなぁ。 ざわめきに、ようやく我に返ったルルーシュが、おろおろと周囲を見つめる。 「あ、ちが、これは、その」 おろおろおろおろ。 パニックになる様子を見て、国民、そしてテレビを通して見ていた人間の心が、一致する。 あぁ、ゼロが言っているほうが正しいのか。 なんか理由があるのな、あの皇帝の暴政って。 だって、素が暴君のやつがこの場面でこんなパニくるって、普通なくね? 「ねぇもういいじゃん。そんなに皇帝する気ないなら、世界放浪とかしようよ。俺と一緒に」 「どこまでも自分勝手だなお前?!」 この状況放り出すつもりでいっぱいか!! 叫ぶルルーシュに、スザクはとっても良い笑顔で「うん」と言い切る。 「ルルーシュ様! 不肖、ジェレミア! 御身が行くところどこへでもぉおおおおおおおお!!」 「無論、わたくしもご一緒させて頂きたく思います。ルルーシュ様」 「ジェレミア、お前も俺なんかに忠節を尽くさず、お前自身の平穏と幸せを見つけるべきだと俺は何度……、って、咲世子さん! どうやって牢屋から?!」 「ちょちょいと鍵を外させていただきました」 「ちょちょい、って……」 「わたくし、メイドであると同時に忍ですので」 主人のいるところへは、どこまでも。 言って、丁寧に一礼。拘束衣であっても、その所作は正しく主人に尽くす従者のそれだった。 「じゃ、C.C.拾ってどっか旅行に行こうか! ね! ルルーシュ!!」 晴れやかに笑うスザクに、ルルーシュは気を失いかけていた。 *** 色々台無しにさせてみた。 いや、R2ラスト数話ほど俺ルール炸裂してもいいくせにしてくれなかったなぁ、と思って……(遠 |