目の前の少女は、もう立派な女王だった。
 崩れ落ちた兄を前に、慟哭を上げていた幼い、か弱い少女は、どこにもいなかった。
 彼女は、女王だった。
 世界の維持のために、全てを費やすことを辞さない女王。
 そっくりな兄妹だと、魔女は見やる。
「どうぞ」
「うん?」
「C.C.さんの、番ですよ」
「あぁ、そうか」
 そうだったな。
 言って、魔女は少女から盤の上へと視線を戻した。
 クイーンは泰然と動かない。
 頑健なルークは少しずつ前へやってきて、布陣を整えはじめている。
 ナイトは出しゃばり過ぎないように、けれど此方のポーンはいくつか首を掻かれている。
 キングは、クイーンの傍にいた。
 コトン。
 指先は、結局己のビショップを動かすことになった。
 彼女が思い描く結末を辿るなら、あと十三手で岐路に当たる。
「ゼロは忙しそうだな」
「はい」
 カタン。
 ナナリーの手がためらうことなく、ポーンを動かした。
 魔女の眉が、自然と寄る。
 そこに動かせば、確実に次の二手でこのポーンは死ぬ。
 そして、ナイトの躍進が始まるはずだ。
 あっさりと切り捨てる手筋。
「お前は、誰かに習ったのか。チェスを」
「いいえ? 小さい頃に、お兄様がなさっていたのを、遠くから見ていたくらいです」
 わたしは、ユフィ姉様と花畑で遊んでいましたから。
 チェスを覚えたのは、ゼロとお話をするきっかけが欲しかったために、最近になってはじめたこと。
 本と独学ですよ。
 穏やかに、少女が笑えば、ではこれはお前の手筋かと魔女が小さく呟いた。
「超合集国は、どうだ」
「そうですね。国力が安定してきた国から順に、抜けようとする動きが出ています。所属しているからといって、なにかを支払う必要はありませんが」
 出し抜くことも出来ない枷というのは、嫌なのでしょうね。
 静かに、ナナリーは言った。
 C.C.が手を動かす。
 仕方がないので、攻勢に転じようとしていたビショップは置いて、ナイトを前線の守備に着かせる。
 自分は、どこまでいっても素人でしかない。
 ルルーシュに相手をさせたことはあっても、それはごく短い間だ。
 自分自身、弱くも強くもないと思っていたが、目の前の彼女に通じるかは激しく疑問の残るものだ。
「それで。ブリタニアとしては、どう出る」
「しばらくは静観を致します。神楽耶さんが、日本という国に所属するのではなく、どこの国にも所属しないというスタンスをとっていただけたおかげで、私はブリタニアのみに意識を集中していられますし」
 国力が安定したからとはいえ、国内外を問わずまだ混乱は残っている。
 少なくとも、それが目立たなくなってからでもかまわないだろう。
 続けるナナリーに、そうか、と、気のない返事を魔女はした。
 根無し草といっても良い彼女には、国際条例の改正や超合集国連合のバランスなどは割合どうでも良いことだ。
 どこにもいられないから、彼女はどこにでも行ける。
 どこにも行かないと決めたから、居場所を守るということも出来るナナリーとは実に対照的である。
「チェック」
「なに?」
「次の手で、C.C.さんはE7へクイーンを進められるでしょう? ですが、私はナイトを戻しますから。そうすると、C.C.さんのキングを守るものは誰もいなくなります。なので、私がクイーンをこう、進めて。……ね?」
「チェック・メイトか」
「あと二十八パターン思いつきますが、全て五手以内で終わります。一からご説明しましょうか?」
「いいや、結構。……思考パターンが、同じだな。お前たち兄妹は」
 あの男にそっくりだ。
 言われて、ナナリーがほんのりと笑う。うれしそうにしながら、けれど口には出さなかった。
「ルルーシュは、戦場をチェスに見立てた。お前の戦場に、その戦略ならば、心配も無いな」
「むしろ私は、ゼロのほうが心配です。時折、とても乱暴な論理を組み立てられるから」
 ゼロは、冷静な策略家ではありませんでしたか?
 肩を落とす彼女に、C.C.は呆れ笑うより他は無い。そもそも、あの男に策謀家を演じさせること自体が、道理を蹴り飛ばして無理を押し通す真似に等しいのだ。
「世界は平和になりますよ、C.C.さん」
「お前がそうと、望むからか」
「はい」
 それが例え、なにを犠牲にする形であったとしても。
 既に、犠牲は払われている。ナナリーにとって、最愛であった兄を対価に得た、今の平穏。
 崩してなるものか。絶対に。
 そのためならば、なにを犠牲にしてでも構わない。
「世界は、お前の手の上にある。せめて、お前だけは幸せであってくれ?」
「無理をおっしゃいますね」
 言いつつ、努力はします、と、ナナリーは嘯いた。
 目を細めて笑う彼女は、盲目の時と違い覇気がある。これもまた、彼女が成長した証だろうか。
 C.C.には、わからない。
 チェスボードを愛しげに片付けながら、彼女は笑顔だった。
 黒のキングの駒を、優しく握り締める。
 胸の前で手を組んで、彼女は祈るように呟いた。
「やさしいせかいでありますように」
 魔女はやはり、先と同じように笑う。
 うそつきなのも、兄妹揃って同じかと。
 肩を震わせて、彼女は笑った。



***
 ちなみに中の人は、もう笑えるくらいチェスが弱いです。orz
 賭け事は花札のこいこいくらいしかロクに出来ませry


モノクロ市松




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