太陽は、西に傾いてほとんど沈んでいた。
 一日の作業を終了させて、帰ってきた影はいつもよりひとつ多い。
 数日前から滞在している魔女は、以前のようになにもせぬまま怠惰に家にいるのかと思いきや、アーニャの無言の圧力に負けてオレンジの世話を手伝っていた。
 働かざるもの食うべからず、とばかりの態度は、少女も男も軍人であったからだろう。
 また、文句と共に慣れぬ作業だろうと思っていたが、二人が驚くほど魔女は植物に対して造詣が深かった。
 むしろ、古くはあるが確実な農作業の手法を知っていた。
 彼女からも教わることが多い中、軽い夕食を終えて団欒のひととき。
 なにをするでもなく、リビングのテーブルに座っていた三人のなかで、魔女がぽつりと口を開いた。
「時々思うんだがな」
 まんまるい綺麗なオレンジを、魔女はひとつ手にした。
 傍らで、少女が眉をひそめる。当然だ。
 少女は魔女に対して、好意的ではない。事情はなにも知らないが、本能が彼女と自身の記憶の欠落を結びつけているらしい。
 油断ならぬ言わんばかりの態度を無視して、魔女はきれいなオレンジを電球に翳した。
 どちらも綺麗に丸だった。
 少なくとも、眼ではそう見える。
「お前はもうちょっと、頭がよければ世界さえ手に出来たんじゃないか?」
 少なくとも、今の日本政権よりお前が陣頭指揮をとったほうが余程マシなんじゃないか?
 言われて、鋏の手入れをしていたジェレミアが呆れ返った顔を向ける。
 顔の半分を覆う機械は、既に彼の一部だ。
 この男は、人生をゼロに狂わされた。
 ルルーシュに狂わされたといっても、過言では無い。
 なのに、忠義の一言ですべてを昇華してしまった。
 人の弱さを知る政治家は、必要である。
 けれど、弱い指導者は正直無用だ。弱い指導者が導く答えは、あまりにも気弱で、言ってしまえば安定感が無い。
 トップの独断を、フォローする一人として弱い人間がいるくらいが丁度良いのだろう。
 独裁は行きすぎだが、人の顔色ばかりを伺ったり対処療法しかない政治は民衆にいらぬ不安と混乱を植え付けるだけなのだ。
 この男の強さは、今の世界に必要ではないか。
 魔女の言葉に、けれどジェレミアは鋏の手入れを手抜かり無く行うばかりだ。
「一年ぶりに現れて、言うのがそれか」
「一年、世界を見て回った結果が今の発言だと思え」
「まだ一年だろう」
「もう一年さ」
 禅問答のようだったが、先に折れたのはC.C.のほうだった。
 魔女とて、男が折れることを知らない人間であることは理解している。
 顔を引き締めて、男が口を開く。
「結果を出すには、早すぎる歳月だ」
「予測を出すには、十分な年月だよ」
 やはりまた沈黙が降りた。
 アーニャが、冷えた赤色で二人を見つめる。
 どちらも同じようなものだと、言いたげだ。
「"ゼロ"が上手く頑張っていると聞く」
「あぁ、意外と頑張っているな。あの体力馬鹿」
「魔女よ」
 その発言は、不謹慎だ。
 どこで誰が、聞いているとも知らぬのに。
 低く諌める声だったが、女は気にしなかった。
 そもそも、この男の土地に、やすやすと侵入出来る人間がいるはずがない。
 それこそ、ゲフィオンディターバーの副産物であるステルス機能でも搭載した戦艦でもない限り、感知されるだけのセキュリティが働いているのだ。
 周りからは、単なるオレンジ畑にしか見えないだろうが。
「ルルーシュ様の望まれた世界だ」
「いつ破綻するか、わからん世界だ」
「平和の維持。それは、"今日"世界を生き、"明日"世界を生きる我々が成すべきこと」
「その事実さえ、認識していない愚か者が多すぎる」
 トントン、と言い返していれば、不意にジェレミアが笑みを浮かべる。
 今の会話で、なにを笑うことがあるのだと。魔女が不満げに、眉を寄せれば。
 やはり、男は笑みを深めた。
「お前はやはり、ルルーシュ様の理解者であり続けるのだな。魔女よ」
 敬意の乗った声音に、アーニャがつまらなそうに唇を尖らせる。
 C.C.は、一瞬なにを言われたのかわからない顔をして、それからまた不満そうな顔になった。
 その表情を崩さぬまま、手にしたオレンジをジェレミアに投げつける。
 あっさりと手に収めた時には、ママレードの瓶をC.C.へ投げつけようとするアーニャを止めることは出来なかったけれど。



***
 ほのぼのと。アーニャは、ジェレミアとおとーさんと娘やってればいいと思います。
 仲良し親子でいて欲しい。あそこの二人。


月が空腹を訴えるので




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