庭園は、平和だった。
 あちこちで起きる弾圧が故に、暴動が起こっている。
 起こった暴動を、沈静化させるのも暴力だ。
 世界各地で、恐ろしいほどのスピードで非難があがっている。
 まだシャルルのほうが良かったと。
 そして、今は獄中にいるシュナイゼルやナナリーを慕う声は後を絶たない。
 時折、ゼロを求める声が上がる。
 時代の英雄、奇跡の体現者、死したが故に伝説の存在。
 そんな声も、届かない。
 届けない庭園は、とても静かだった。
「いい、天気だ」
 女が言った。
 振り返って、もう一度言う。
 いい天気だ。そう思うだろう? 穏やかに、笑えば。
 少年も、穏やかに頷き返してくれた。
 今まさに、世界を一手に握る、やさしいやさしいうつくしいまおう。
 己の共犯者、己の協力者、己の共謀者。
「お前の我侭には、いつも付き合わされる」
「休みも必要だと思っただけさ。いいじゃないか、たまには私を構え」
 抜けぬけと言ってくる魔女に、彼は肩を竦めて見せる。
 手にはバスケットが一つ。
 小さな水筒には紅茶が。中身は生ハムとレモンのベーグルと、ピザスティック。
 どちらも、ルルーシュの手製である。
 皇帝に台所へ立たせようなんて、魔女殿以外いないよねぇ。とは、某科学者の言だ。
 そんな彼らにも、しっかりお裾分けがされている。
「いい天気だ」
「そうだな」
「枢木スザクはどうしている?」
「後から此方に来る、と言っていた。課題が終わっていないのに、休憩は許さない」
「あっはは! そうか、まだ苦労しているのか、アイツ」
 来る前に覗いてきたら、やっぱり頭を抱えていたんだ。
 笑い飛ばせば、ルルーシュが肩を竦める。
 これから、彼には身体以上に頭を使って貰わなければ困るのだ。
 最低限出来るようになれ、とした課題の進行速度は芳しくない。
「ここでいいか」
「そうだな。座っても、汚れないだろ」
「汚れてもかまわないさ」
「腕まくりして、衣装の染み抜きをしている図は二度と見たくない。メイドが卒倒しかけたのを忘れたか」
「……草の染みは残るだろう。女性の手より、男の力のほうが」
「黙れ、軟弱者」
「おま………っ!!」
 文句は、いいから座れという魔女の言葉で塞がれた。
 不満そうな顔をしながら、それでも座り込めば。
 風が、優しく黒髪を撫でていく。
「捕虜の状況は」
「良いぞ。衛生面は悪くないし、あぁそうだ、ナナリーの部屋だがな、あそこのライト、一段落とすように指示しただろう」
「あぁ。いきなり、白熱灯にさらされ続けるのはあの子の目に良くない。そうだ、ラクシャータだが、彼女のサイバネティクス技術は今後の世界にも、ナナリーにも、きっと役に立つ。彼女が技術最前線から引かないような手を、打っておけ」
「どこまでいってもナナリー、か」
 心底呆れる。
 きっと、今は囚われの彼らが気づくことはあるまい。
 出される食事が、すべてこの男手ずからのものであるなどと。
 せめてそれくらいは、と、今後の彼らの健康を気遣った食事なのだと。
 もしかしたら、余裕があったら、ナナリーやカレンなら、気づけたかもしれないけれど。
 どちらにせよ、無意味かと女は笑う。
「なぁ、ルルーシュ」
「どうした」
「膝を貸せ」
「いきなりなんだ?!」
「うるさい、いいから黙ってその膝を寄越せ私に」
 言いながら、返答も待たずC.C.は少年の膝に頭を乗せてしまった。
 かかる重みはたいしたものではない。
 けれど、ルルーシュは意図がわからず思わず眉を寄せた。
「いいじゃないか、なぁ」
 魔女が手を伸ばす。そろりと、指先が頬を撫でた。
 小さく零れる笑みに、なにを感じたのか彼は黙る。
「契約の対価はこれで、十分だ」
「―――なに」
「お前は逝くのだろう。決めたのだろう、ならば邪魔はしない」
 わたしにも、明日をくれると言ったお前。
 永遠の明日に苦しむしかなかった私を、愛してくれたお前。
「楽しかったよ、ルルーシュ。ひどく長く生きてきた。奴隷として、女として、魔女として。傲慢に、愚かに、浅薄に、惨めに。長くを生きてきた人生だったが、最低最悪だと思っていた魔女としての人生が、ここまで満たされているのはお前のおかげ……なんだろうな」
「………例え、約束を破っても、か」
「破られた約束なんて、ひとつもない。お前が、一生懸命言ってくれたもの以外」
 笑って死ぬ、未来をくれると言った。
 手を取ったけれど、はて、自分は頷いたのだったか。
 ちらりと見上げれば、けれど相手は笑っていた。少し、寂しそうに。
「楽しかったと言っただろう。この思い出だけで、お前に愛されていたと、確かにわかる、この思いだけで。私は生きていける。それに、長生きも悪くないさ」
 私のギアスは『愛される』こと。
 無差別に、無尽蔵に、彼らは私を愛してくれた。
 行きかう人も、愛したひとも、動物たちも。
 世界全てが、愛してくれた。
 なにが愛かわからなくなるほどに、私は世界に愛されてしまっていた。
 あそこに『愛』は、一つも無かったのだと、今ならばわかる。
 思考誘導の結果を愛なんて、おこがましい。
 でも、それでも。
 ルルーシュ、お前が、私を、大切にしてくれたから。
 私を選ぶ道を、確かに選んでくれたから。
 お前が私を、愛してくれたから。
 その想いだけで、私は明日を生きていける。
 お前のいない明日を、私は笑っていきていける。
「膝くらい、おとなしく貸しておけ」
「仕方の無い魔女だ」
 魔女が、目を伏せる。
 言えども、否定はしない。拒絶もしない。
 二人は草の上で、やがて言葉を消した。
 暖かい日差し、風、世界はこんなにも優しい。
 そばの温もりに、自然と口元が緩む。
 嗚呼、なんて愛されているのだろう。
 眠りへ落ちながら、少女は優しく微笑んだ。



***
 R2、OST2ジャケ見た時から書くことは決めていました。
 もうなんだもう……! 最終回後じゃあ、ジャケで泣くわ馬鹿………!


愛だった




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