どうかどうか、死ぬまで世界が残酷でありますように。
 それだけをボクらは、願い続けている。
 レンチを放り出して調子を見る。エネルギー上昇率は良く、それだけでも満足だった。
 福祉事業の一環に組み込まれた、KMF。
 不満だとは言わない。兵器が誰かの、役に立つのは少し妙な気分。
 科学者として、オペレーターとして有能だったセシルは事務員としても有能だ。
 ニーナは結局、国立研究所ではなく市井へ下った。それでいいと、ロイドは思う。
 彼女は、人間を選んだ。
 科学しか選ぶ必要がないと、はじめから選択肢を持つことさえしなかったロイドには、結局どれにせよ新鮮だ。
 世界の全てが、等しくあるということも新鮮。―――何故なら彼は、貴族として生まれ、育ったから。
 科学が戦争以外の役に立つということも新鮮。―――何故なら彼は、KMFは戦争に使われる以外の用途を見てこなかったから。
 取り巻く世界は、新鮮そのもの。
 眼に映るもの全てが、鮮やかで美しい。
「ロイドさーん」
「はぁい? なに〜」
「お呼びですよ」
「どこから?」
「もう、そんなこと言って。駄目ですよ、ちゃんと出頭しないと」
「ハイハイ」
 仕方ないように手を振って、電話を取った。
 書類をまとめているセシルが、苦笑交じりに、けれど緩やかに手を止めて、こちらを見ている。
「もしもぉし?」
『久しぶりだな、ロイド・アスプルンド』
 機械に機械を通した、男とも女ともつかぬ声音。
 仮面の英雄、ゼロ。
 ロイドは笑みを、深くした。
「あっはぁ〜。半年振り、かなぁ? どぉしたんだい、君が僕らに連絡なんて」
『必要な技術がある。確立して欲しい』
「いいけど、モノと時間はどれくらい?」
『サクラダイト鉱脈の枯渇までをリミットに、次世代エネルギーを。出来るだけ、環境に与えないことが条件だ』
「もうそんなところまで、話進んでるんだぁ」
『皇帝ルルーシュが、先の戦争で富士山を派手に爆破させてくれたからな』
 富士山の噴火ではなかったから、あの程度の灰で収まったものの。
 ニュー・クリアウィンターでも起きたら、どうしてくれたのか。呆れるような口調は、多分に演技がかっていた。
 わかっていたので、ロイドは口をわざとはさむ。
「だぁいじょうぶだよぉ。あの皇帝陛下が、経済に多大な影響を与えるような自然災害を発生させるはずがないからねぇ。最小限で、最大限の働きを、さ」
『そういう意味で、軍略の会話をしてみたかったものだ』
「君が?」
『おかしいかな?』
「ううん。ゼロなら、そう言うのが普通だよねぇ」
 軍略の天才、知略の天才だった、ゼロ。
 例え、仮面の中身が既に違う人間であろうと。
 だからこそ、そうして嘯いてみせるのだろう。
 ゼロとして、一生を使うために。
 ロイドは笑みを深める。
「日本の価値は、サクラダイトと技術力。でも、シャルル皇帝の時のナンバーズ制度で技術者は軒並みその技量を落とし、後継者にも事欠く始末。おまけに、サクラダイト最大の鉱脈は先の大戦でその多くをただの爆薬として利用されてしまって、実際日本の進退は危うい」
『今のままならば、まだ猶予がある。中華連邦の星刻、天子、日本の象徴としての神楽耶、他、超合集国連合の面々は日本に対して敬意をもった対応でいてくれるからな』
 だが、それに甘えてなどいられない。
 国の状況が芳しくないのは、どこもおなじである。
 日本とて他国のことはいえないが、それでも少し前まで皇帝直轄領という扱いだっただけに、主要施設の復興は早かった。
 雇用状況も、形態だけみればシャルルの時よりも格段に良くなっている。
「他国には甘えられないけど、他国に甘えそうな首相がね」
『彼はよくやっているさ。ただ、世界がより非道というだけの話だ』
 扇は実際、頑張っているのだろう。
 だが、結果が伴わなければ意味が無い。
 ただ頑張っているだけでは、困るのだ。結果が出たから良いわけでもない。
 経済にしろなににしろ、プラスの結果を出すことが彼の義務だ。
 それを言うならば、彼の政治は緩やかに眉を潜める道を辿っている。
 妥当策はなんとか出せているが、ただでさえ緩やかな下り坂を転がる世界的規模の経済状況なのだ。
 突出した一を見せろとは言わないが、やっただけの結果を見せなければ国民は納得しない。
 人は、とても我侭な生物だから。
 ゼロもわかっている。だからこそ、世界からぬきんでたものを見つけようと必死なのだろう。
 今ある平和を、壊さないように。
「いいよ、あと二年くれるかい? それで、なんらかの手を打とう」
『感謝する』
「あっはぁ〜! そう言われると頑張ろう、って気になるよ。なにせ、」
 ルルーシュ皇帝陛下の望まれた明日の未来を守る一端を、担えるんだからね。
 やわらかい、声音を。
 聞き終える前に、ゼロは電話を切っていた。
 それで良いと、ロイドは笑う。
 振り向けば、セシルも笑っていた。
「ねぇねぇ、セシルくん?」
「はい?」
「世界は今日も、優しくないねぇ」
「えぇ、本当に。優しいのは、陛下くらいなものでしたね」
 本当だね。
 笑って頷いて、立ち上げたままのPCにいくつかのプログラムを起動させた。
 どこまでいっても、世界は残酷だ。
 それが、嬉しかった。



***
 自分たちだけ優しい世界にいるのは、なんとなく嫌なロイドさんとセシルさん。
 彼らは、ルル達が死のうとしているのを知って止めてくれたから、牢屋放り込まれてたんだと信じています。


残酷に満ち満ちて、しあわせ




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