どこか、おかしげに。 なにか、悲しげに。 少女は、必死になって言ってくる男の表情を見ていた。 静かに少女は微笑んでいた。 ひざの上で組まれた手は、身じろぎもせず。 置物のように、少女は聞き入っていたけれど。 男は、気にもせずに熱弁を振るっていた。 一頻り語り終えて、彼は一声かけてお茶で唇を潤す。 その際、ただ黙して聞いていたゼロへ鋭い一瞥を投げることを忘れなかった。 少女の唇から、吐息が漏れる。 もう、よろしいでしょうか。そんな態度であったが、男は気づかなかった。 そういう所作や、態度があるということを、隠しながら、ある方面から見ればありありとわかるのだということを。 必要な場に出ることのなかった男が、知っているはずもないのだから当然か。 むしろ、傍らのヴィレッタのほうが気づいて思わず心配そうな様子で夫の服の端を引いた。 彼女に呆れられていることが、多少なりとわかったせいだろう。そういう意味で、この二人はお似合いなのかもしれない。 知っている人間と、知らない人間という意味で、とても。 「ゼロがどれほど卑劣で、悪魔のような人間なのかはわかりました」 あなたがたも苦労なされたのですね。 硬い声音ではなく、春の陽だまりのようなやわらかい声だった。 扇の顔が輝く。 「わたくしも、ギアスに操られた覚えがあります。いいえ、覚えていないからこそ、というべきでしょうが」 「やはり………!」 ギリ、と、憎む視線を向けられ、けれどゼロはどこ吹く風だ。 そんなものに痛みを感じることなど、永劫ないというように。 男は、黙っていた。 「ルルーシュは……、ゼロは、本当にひどい方でした」 「そうです。そこのゼロだって、ルルーシュと結託していたからに違いない。ナナリー陛下、余計に彼はあなたのそばには」 不必要だ。 言い募る男に、毅然と向けられた瞳。 語を飲み込む相手にただ、少女は微笑んでみせた。 「わたくしには、お兄様だけで良かった。ただそれだけの願いさえ、聞き届けてはくださらなかったのですから」 「兄……?」 「わたくしは、ナナリー・ヴィ・ブリタニア。ルルーシュは、私の同腹の兄ですわ」 ご存知ありませんでしたかしら? 小首をかしげる少女に、そういえば、と、うなずき返す。 貴族社会において、家名と相手の顔を覚えるのは呼吸のように出来なければならないことだ。 とうの昔に理解していたヴィレッタは、夫の様子に思わず額を押さえた。 「日本が踏みにじられていようと、わたくしはかまわなかった。だって、世界が混乱すれば混乱するほどに、お兄様はわたくしを守ろうとわたくしの傍にいてくださった」 遠くを、見るような様子で。 疲れたように笑いながら、滑る唇は止まらない。 「誰が殺されようと、かまいませんでした。毎日、どれだけの人間が涙を流そうと、血の雨が降ろうと、虐殺が行われようと、人としての尊厳が踏み躙られようと、かまわなかった。"絶対"がある人間にとって、そんなものはどうでも良いことだったから」 しかも、たかがナンバーズごとき。 人間ですらないイキモノが、どう生きて死のうと。 関係あるはずもない。 笑顔で、ヴィレッタにナナリーは同意を求めた。 そうですよね? あなたも、そういうお考えを持っていたはずですよね? あくまでも、笑顔で。 顔色を失くす扇に、けれど男の妻は返事を窮す。 首を縦にすれば、夫は愕然とするだろう。 首を横にするには、彼女の経歴はあまりにも強固すぎた。 ナンバーズを排斥する、純血派。ブリタニア人だけで軍を構成しようとする一派の、頂点に程近いところにいたのだ。 「もちろん、無意味に流れるものなどおぞましい以外の何者でもありません。けれど、それがお兄様とわたくしの為になるのなら、認めてあげることも出来た」 そんな危ない世界に、眼も見えず足も動けないわたくしを、お兄様が一人取り残していくはずがない。 お兄様が離れていかないために、世界が非道であるというのなら。 わたくしは笑って、世界の極悪さを受け入れてあげることが出来た。 「ナナリー、陛下………」 「はい」 「あなたは、この平和を、どうお考えか………」 ヴィレッタが重く、口を開く。 不意にさする手は、膨らんだ腹だった。 そこには命がいる。 何も知らないで、愛されるために生まれてくる命が。 「平和? どこに平和が? なにを平和と? お兄様は、もうこの世界のどこにもいらっしゃらないのに」 瞳に、光がない。 暗澹たる闇が、少女の瞳に宿っている。 ずっと、暗闇にいたはずの少女。やっと、光を得たはずの少女。 けれど瞳には、闇が。 「わたくしは絶望し続ける。こんな世界に、取り残されて。そしてゼロも悔いつづける、わたくしが絶望する姿を、避けることも出来ず、目の当たりにし続けて。故にあなた方にも、絶望を送りましょう」 ゼロレクイエムに近しかった方々に、一片たりとも平穏なんて平和なんて幸福なんてそんなもの。 与えてなるものか。 凄絶に笑ってみせる。 「わたくしは、ナナリー・ヴィ・ブリタニア。父は神聖ブリタニア帝国第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニア、母は軍人の誉れ、栄誉あるナイトオブラウンズにまで登り詰めた第五皇妃マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア、そして兄はゼロにして第99代神聖ブリタニア帝国皇帝にして世界統一を為したルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。あなたがたと肩を並べるなんて、おぞましい、吐き気のする屈辱に、耐え続けることがわたくしへの罰」 この高貴な手に、触れられることこそ名誉なことだと知りなさい。 つい二年前まで、たかがイレブンだったテロリスト如きが。 少女は美しく笑ってみせる。言葉の内容と、表情が噛み合わないほどに。 「わたくしの本質を晒してさしあげても、あなた方はなにも出来ない。わたくしがどれだけあなたがたを見下していようと、あなた方はなにも出来ない。世間に報道しますか? 出来ますか? やっと瞳が開いて、世界を今まさに見つめている、"健気で儚げでありながら、皇帝という重圧に必死で立ち向かう少女"相手に、そんな真似が。……やれるのでしたら、どうぞ? その無力感が、まずはわたくしからのプレゼントです」 わたくしからお兄様を奪った罪には、まだまだ軽すぎるプレゼント。 受け取りなさい、拒否は許さない。 少女は笑顔のままだ。 ゼロは無言で、会談を見つめ続ける。 絶望も不幸も、この世界には満ち溢れていることを、思い知らされながら。 *** 暗殺に怯えれば怯えるほど、ルルが傍を離れて行かないと思っていたのかなぁ、って。思ったら、とんだヤンデレと化しましたよナナリーが。 マジで世間に公表しようとしたら、南とヴィレッタさんが止めに入ります。絶対ナナリーは世論を操るの上手いと思う。 |