暗い一角に灯る、ランプがカランと揺れる。 オレンジ色の光は、やわらかく暖かい。見るものを和ませる。 看板は出ておらず、目印はランプだけ。 それでやっていけるのかと杉山が問えば、オーナーは青年実業家であるらしいことが告げられた。 玉城も、詳しいわけではないという。 バーは高級感こそ漂っていないものの、明らかに客を選ぶ雰囲気を呈していた。 少なくとも、玉城が酔っ払った勢いで入ろうものなら確実に扉を開いた次の瞬間たたき出される事だろう。 漆黒の扉を、カレンが押して、一歩、店に入ろうとした瞬間。 「逃げて!」 「待った!!」 少女から、女性に変わりはじめたカレンの叫び声と、店の奥から男の声が同時に放たれる。 鋭い声に足を止めていた男性陣が、細い出入り口で足を止める。 カレンは首を仰け反らせて、息を呑んだ。 そうしなければ、苦無が首を横切っていたことだろう。 「あっぶね〜……。頼むから、もうちょっと容赦してくれよ」 ―――咲世子さん。 奥から、カウンターを回ってやってくる男の言葉に誰もが瞬いた。 「………お久しぶりね」 「えぇ、カレン様もお元気そうでなによりです」 言いながら、刃物を引く気配は露とも見せない。 ギャルソンエプロンに、ベスト、タイといった姿は男装に等しかったが、女性の体つき。 何より見覚えのある顔に、引きつった笑顔が漏れた。 篠崎咲世子、皇帝であったルルーシュに仕えていた女性である。 「大丈夫? カレンさん」 よ、と軽やかに手をあげて、挨拶してくるのが、見覚えのある顔。 青い髪は、やはり少年時代同様跳ねていたけれど、それがセットされた髪型であることが昔との違いだ。 「リヴァル………」 やっぱり、という顔で、カレンは一歩、引いて、刃物から逃れた。 咲世子も追うような真似はしない。 手の中で一度回転させると、スリットの入ったスカートの内側に片付けた。暗器が、ずらりと吊るされていたのは気のせいではない。 「悪い悪い。咲世子さんがいきなり攻撃態勢に入るから、一瞬止め損なっちまった」 「………どうして」 「どうしてもなにも。ここ、俺の店」 Bar,Lamperouge 名前でなんとなく、察しついてたろ? にこやかな笑顔が、けれど冷めているように感じるのは気のせいだろうか。 玉城がなにかを吼えようとして、杉山と南に押さえつけられていた。 「リヴァルが、オーナーなの」 「まぁ、元々俺がバイトしてた頃のオーナーが、店ひとつ潰すって時に格安で譲って貰ったんだけどさ」 割と人気なんだぜ? 言って、肩口に店の奥を見やれば、気づいたように変わらない白衣姿の男と並ぶ女性が手を振ってくる。 すぐに顔を戻して、リヴァルは笑った。 「ここはさ、俺の思い出を大事にしてくれる人に提供したい場所なんだ」 だからさ。 「悪いんだけど、アンタら全員帰ってくれないか」 ここは、俺の思い出を大事にしてくれる人に提供した居場所だから。 アンタらはみんな、入って欲しくないんだよ。 申し訳なさそうにしながら、それでもきっぱりと、リヴァルは言い切った。 今度こそ、押さえ込もうとしていた玉城が、振り切って吼える。 「なっんっだっとっテメェ! 俺達を誰だと思ってやがる! 俺はなぁ!!」 「俺の友達を、殺した連中だよ」 冷え切った言葉に、言葉を荒げるしかなかった玉城が止まった。 カレンも、顔を引き締める。 「ルルーシュは、それだけのことをしたわ」 「知ってる。でもカレンさんなら、アイツがやろうとしたこともわかってるよな」 「えぇ。そういう意味では、理解者であろうとしていると思っているつもりだけど」 「うん。そうかもしれない。でもさ、俺、学生時代の時から、聞きたかったんだけど」 じゃあなんで、KMFのキーなんて学校に持ってきてたんだ? 言葉を真正面から受け止めて、カレンは喉を鳴らし乾いた口の中を無理やり湿らせた。 「それが、私の誇りだからよ」 「その誇りが、結局ルルーシュを殺したんじゃん」 「ルルーシュの野郎は、俺達を騙してたんだ!!」 「知ってる」 「―――え?」 「卒業式の日にさ、会長とニーナと三人で駄弁ってたら、咲世子さんが来て、ジェレミアさんが、来てさ。ギアスってやつ? 解いてくれた。そのとき、色々聞いた。全部、終わった後だったから教えてくれたんだろうけど」 「リヴァル達にも使ってたの………?!」 咲世子さんとは、そこからの付き合いなんだ。 笑う彼とは対照的に、聞き捨てならないとばかりの表情を浮かべるのが他のギアスを知る面々だ。 特に顔を顰める少女に、誤解すんなよ、と唇を尖らせて、青年は首を横へ振るった。 「俺達がかけられたのは、ルルーシュに弟がいる、っていう記憶の改ざんみたいな奴だ。それ以外は、別になにもおかしなことはなかったぜ」 「弟……?」 「そ。ロロっての。カレンさん知らないよな。ナナちゃんにめちゃ、似ててさぁ。嘘の弟だったらしいけど、本気で信じてて、アイツも滅茶苦茶ロロには甘くて……」 言われて、忘れられないのがルルーシュを絶体絶命の窮地から助けた少年のことだ。 ロロとしか呼ばれていなかった、ゼロを絶対に慕っていた少年。 彼のことだろうか。 確信はない。けれど、彼のことだろうと思った。 「俺たちの知らないところで、きっとごちゃごちゃ動いてたんだと思う。でもさ、俺、信じてたんだ」 最後には一緒に、屋上庭園でみんなで揃って花火を上げられるって。 ルルーシュの奴が、世界統一してた時は頭抱えたよ。 凱旋してる時、なにやってんだよあの馬鹿、って思ったよ。 でも、どこかでずっと期待してたんだ。 また、花火をあげられるって。 みんなバラバラになっても、取り戻せるものが確かにあるんじゃないか、って。 「死んだけどな」 「………」 「ゼロに殺されちまったけどな」 「………」 「スザクの奴も、死んだ」 ゼロの正体、なんとなくわかるけど。口にしないほうがいいんだよな。 苦笑交じりに、リヴァルが言った。 あの二人が組んで、出来なかったこと、俺知らないんだ。 スザクのことなんて、本当に短い間しか知らないけど。 ルルーシュのことだって、皇帝になるまで実は皇族だったなんて知らなかったけど。 あの二人のことなんて、本当はぜんぜん知らなくて、カレンさんより知らないんだろうけど。 それでも、あの二人が組んで出来ないことなんか無い、ってことは、俺知ってるんだ。 「最初に、カレンさんがいなくなって、ニーナとスザクが生徒会室から消えて、会長が卒業しちまって、そのうちルルーシュとロロがいなくなって、シャーリーが、死んで………」 俺が出来たのは、ただ、あの部屋で、誰もいない部屋で、楽しかった頃のアルバムを開くことくらい。 取り残された俺が。世界の真実に、なにひとつとして触れられなかった俺が。 出来たのは、それだけ。 だから。 「これ以上、俺の思い出を荒らす奴らは、存在していてなんて欲しくないんだ。本当は」 なぁ、なぁカレンさん。 わかってる? 「俺の友達、二人も殺しちまったんだぜ。お前ら」 アンタらには仲間がいていいよ。大量に仲間がいていいよ。 でも俺には、大切な友達だったんだ、数少ない馬鹿やれてる友達だったんだ。 「返せなんて言わない、でもさ」 嫌うくらいは、許してくれ。 「帰ってくれ、頼むから」 リヴァルが頭を下げた。 静かに。 南や杉山、玉城が口をつぐむ。 悪逆皇帝ルルーシュ。奇跡を起こした振りをしたペテン師ゼロ。 彼らはそれしか知らなかった。 ただ、その中身である"ルルーシュ"という少年が、普通に生活をして、普通に友達を得て、普通に笑っていたことを。 今の今まで、彼らは知らなかった。知ろうとも、しなかった。 「………頼むから、謝らないでくれな」 顔を上げた彼は、それでも笑おうと努力する顔だった。 震える唇で、謝ろうとしたカレンの機先を制す。 「たかが謝っただけで、救われようなんて、許されようなんて、認められようなんて、報われようなんて、思わないでくれな」 なぁ、俺ずっと疑問だったんだけどさ。 カレンさん、なんで、友達殺して平穏な世界満喫して、笑ってられたの? 普通に、学生に戻るなんて出来たの? ルルーシュが全部持っていくのが、目的だったかもしれない。悪意とか全部、自分に向けて、悪逆皇帝なんて罵られることが、目的だったかもしれない。 でも、それにしたってさ。 なんで、 のうのうと、幸せを享受出来るんだよ。 暗いバーの入り口で、ランプがカランと音を立てる。 ランペルージ。 炎の瞳が、揺らめいている。 *** リヴァルは、ブラックリベリオンもゼロレクイエムも、事件の渦中にはまったくいられなかった。 だからこそ、彼はルルーシュをルルーシュとして見続けてくれたと思います。常連客はロイドさんとかセシルさんとかニーナとかカノンさんとか。 |