荒々しい足音と共に、助け出され。 ラクシャータは、再度ロイドと顔を合わせることになった。 いつものへらへらと笑う顔ではなく。 彼は、とても透明な顔をしていた。 すす、と寄ってきたセシルへ視線をやれば、小さく彼女が笑う。 「あのね、ラクシャータ」 ルルーシュ皇帝陛下は、ロイドさんが唯一、臣下の礼をとった方なのよ。 小さな笑いの内容に、ラクシャータは愕然とした。 思わず、開放されていの一番に手にした煙管さえ取り落としそうになる。 彼女は知っている。 98代シャルル・ジ・ブリタニアにさえ、男は礼を尽くさなかった。 公式の場面でさえ、演説にはポケットに手を突っ込んでいた男だ。 不敬が過ぎると、セシルが自分とプリン伯爵相手に怒っていたのを覚えている。 身近になったという、シュナイゼルにさえ礼を尽くさない科学者として有名だったことも、耳に届いていた。 よく第二皇子殿下が赦すものだと、呆れ半分憤り半分の評判は、次第に彼が製作する理論とそれに基づいたKMFによって消えていった。 臣下になんて、ならない男だと思っていた。 この男が殉じるのは、科学にだけで。 それ以外、なにも無いのだと、思っていた。 なのに、どうして。 視線に気づいたのだろう、どこか鬱陶しげにしながら、嫌そうに背を丸めて男が褐色肌の女科学者を見つめる。 「なんで………」 「なにが」 「アンタ、なにをそんなルルーシュに」 感じたの。 悪逆非道の限りをつくし、独裁政治を行った人型の悪。 そんな男に、なにを見たの。 つぶやく女を前に、ロイドはそれはもう嫌そうに眉を寄せて不愉快の表情をとった。 「君は、なにを見たの。陛下の」 君のほぉが、付き合い長いデショ。首さえ傾けず、ロイドは言った。 それは、確かにそうだ。 ゼロとの付き合いは、少なくとも目の前の男よりかはずっとある。 軽い軍略に花を咲かせ、今後の医療事業について花を咲かせ、人名優先のKMF構想について花を咲かせてきた。 いつだって、彼は一流の会話でもって応じてきた。 プロフェッショナルのラクシャータに、一歩及ばないところは多々あっただろう。 けれど、誰とでも会話を合わせることをしてのけた。 幅広い教養、奥深い知識、ゼロは、知的センスにも溢れた男だった。 知っていたはずなのに、知らなかった。 ロイドのほうが、余程知っていた。 ―――あの時。シュナイゼルがやってきた、あの時に。面倒だと言って、投げなければ。事態は、変わっただろうか。自分の立ち位置は、最後に示される真実は、形を変えただろうか。 ラクシャータには、わからない。 「ボクは、あの方以上に優しい人を知らないよ」 「人………?」 「そう、あの方は、魔王なんかじゃない。やさしい人だよ。優しくて、愚かで、でもやっぱり優しい、一人の人だ」 「アイツがやったこと」 「赦されようなんて、陛下は思っていらっしゃらないわ。きっと」 そうして誰かが憂うことさえ、嘆く人。 とても、優しいひとだから。 セシルも苦笑を浮かべている。 ニーナといった少女も、咲世子も、苦笑交じりにうなずいていた。 「ボクらのミッションはこれで終了。お〜め〜で〜とぉ〜〜〜! 陛下のプランは、相変わらず素晴らしいねぇ」 両腕を広げる男とは対照的に、ラクシャータ以外の女性三人は手を胸の前で組んで祈っていた。 祈るのは、なにに対してだろう。 女は、知らない。 「君はボクに、科学の先の人を見ていない、と言ったね。うん、確かにボクには、科学が必要でも人の心は必要なかった」 スザク君も、ボクにとってはパーツだったよ。ランスロットを動かすための、パーツに過ぎなかった。 にこやかに男は、最低なことを告げる。 けれど。 ひとつ、息をとって、笑った。 「あの方には、生きて欲しかった。死ぬのは違うと思った。違う道を足掻くことを、して欲しかった」 はじめて人の心に触れたくなった。 その人はもう、死ぬ覚悟だった。やりきることを、決めていた。 なにを言っても、聞き届けてくれやしなかった。 「ねぇ、ラクシャータ。ボクは少し後悔しているかもしれない」 「なんで……」 「壊れた心に、あの人の優しさはかなしすぎる」 けれど、宿る痛みさえ愛しい。 どうしたら良いのだろう。壊れた心では、わからない。 一緒にいきたかった。ゆるされるなら、あの人に永遠の忠誠と、口付けを送りたかった。 けれどボクは選ばれなかった。 選んでは、もらえなかったよ。 透明に笑うロイドに、胸の前で手を組んで祈るセシル達に。 ラクシャータは、ようやく思い違いを思い知った。 既に、彼女がなにより優先させた心は、ほとんどの人に理解されることもなく、蹂躙されていっていたけれど。 *** ラクシャータさんは、機会があったらルルを理解してくれていたのかなぁ。 っていうか、キャメロット組まで牢屋放り込んで自分が死んだ後無罪にさせる気でいっぱいのお気遣い紳士なルルが愛しすぎる。 |