その女が、ひょこりとゼロの隣から顔をのぞかせた時。 場にいたすべての面々が、文字通り仰け反った。 大して面白くもなさそうに睥睨し、最後にあっさりとナナリーへ向かって軽く手を上げる。 少女はにこりと笑って、車椅子の上、上体を屈めた。 「C.C.?! なんでここに!!」 言葉は、扇からだったが彼女は無視をした。 一瞥をくれてやることもなかった。 「久しいな、ナナリー。神楽耶も」 「えぇ、お久しぶりですわ」 にこりと、日本の象徴として再度京都に鎮す少女もまた笑顔で答える。 ゼロは、その笑顔を見て苦い色を浮かべたが仮面の下なので誰もわからなかった。 否、魔女はわかったかもしれないが、結局言わなかった。 彼女の共犯者は彼ではないので、庇ってやるつもりもあまりない。 「なにかと落ち着いてきて、面白そうだったんでな。見物しにきた」 「それはそれは」 苦笑交じりの少女二人に、魔女は仄かに笑いかけてやる。 「C.C.さんは、今までどちらに?」 「私か? 世界をあちこちふらふらな。あ、北海道でシーフードピザを食ってきたぞ」 それなりに美味かった。材料が新鮮なせいか? などと嘯く女に、笑う少女達。 会議は、完全に止まっていた。 「C.C.。それより、どうしてここに?」 扇が問いかける。 けれど、彼女はそれを黙殺した。 神楽耶はなにもいわず、困ったように笑いながらそれでもナナリーもなにも言わない。 そうとなれば、助け舟など出されるはずもない。 女性二人の笑顔に、男は押し黙るしかなかった。 「ゼロ様もお人が悪いですわ。彼女がいらっしゃると知っていたら、わたくし共もせめてもう少し、なにがしかの準備を致しましたのに」 やんわりと告げられ、すまないと仮面の奥から声が漏れる。 言葉の真意としては、「来客があるならちゃんと言えや。ホステスとして無能だと思われるだろうがこの無能」だろうか。 笑顔の裏に、般若が浮かんでいるのをC.C.も、ましてゼロも、見逃すことはしなかった。 「仕方あるまい。今日立ち寄ったのは、本当に気まぐれだからな」 「まぁ。C.C.さんがゼロを庇うのは、珍しいですね」 「たまには煽ててやらんとな。男は、打たれ弱い生き物だ」 「流石、長を生きる魔女の発言です。重みがありますね」 うふふ、あはは、と笑いあう姿に、男性陣が一様に肝を冷やしている。 一皮めくったところにある言葉の意味を、知りたくもないのに察してしまう自分達が嫌だ。 「あー、魔女殿? ゼロと共に来たということは、しばらく留まるのか?」 黒の騎士団に所属することになったジノが、軍事資料を脇に溜めながら問いかける。 明後日の方向を見ながら言えないのは、彼女を直視した瞬間心の何かが折られると思っているためか。 強ち、間違いでもないだろうが。 「いいや、ちゃんと今日のうちに帰ってやる。ゼロの様子を、見に来ただけだ」 「あら。せっかくですから、もっと此方に逗留されればよろしいのに」 「そうです。折り紙、新しいの覚えたんですよ。C.C.さんに、今度はもっと丁寧に教えることが出来ます」 言い募る少女たちへ笑いかけて、それでも魔女は首を横に振った。 「そこのヘタレ共が、もう少し使い物になったら来るさ。来るたびにびくびくおどおどされてはたまらない」 私をなんだと思っているんだ。と少しばかり不機嫌げに言えば、C.C.様です、と、男共が一様に土下座した。 「それに、用事もあるんだ」 「用事?」 「そう。……オイこらモジャ」 「………」 「聞こえていないなどと抜かしたら、その席から追い落とすぞ。お前の代わりなんて、それこそいくらでも見つけられそうなんだからな、扇」 「・・・。って、俺のことか?!」 「当然だ。お前の特徴など、それ以外のなにがある。このモジャ頭」 完全に見下しきった魔女であるが、仮にも相手は日本国首相である。 威厳を示そうとして、コンマ五秒で無理を悟った。 魔王以外、魔女に並び立つことさえ難しいのである。他の者など、推して知るべし。 「お前のところに子供が産まれるのだろう。魔女らしく、どこぞの御伽噺に肖って、祝福しに来てやったんだ。感謝しろ」 「え………」 いや、それは、どうなのだろう。 言おうとした口は、閉じた。 きらきらと輝く笑顔のナナリーと神楽耶のせいである。 「素晴らしいですわ! 魔女を名乗るのでしたら、せめてそれはあっても良いかと思っていたところですの!」 「そうですね。C.C.さんがお祝いしてくださったら、どんな苦難にも負けない子が産まれそうです」 それどころか、どんな災厄を振りまくかわからない子になりそうだからやめてくれ。 涙を流す扇のことなど、一切視界に入れず、そうだろうそうだろうと魔女は鷹揚にうなずいた。 「ついでだ、私が産まれてくる子の名付け親になってやろうと思っている」 「な?!」 「いや、流石にそれは……」 やめてあげて欲しい。 言葉は、完全にシャットアウトされた。 「安心しろ、スザクや、ましてルルーシュなんてつけんさ」 「………」 光る金色は、獰猛だった。 薄く笑う唇が、本当のところでまったく男を許していないことを物語っている。 ゼロは、認めた結果だろう。 ルルーシュは、望んだ結果だろう。 C.C.とて、受け入れた結果だ。 けれど、許す気がないのも、事実なのだ。 嘲笑う視線に、乗るのが侮蔑の色だ。 気づかないはずもないが、扇は押し黙った。 それに、価値をつけてやるほど魔女は優しくはない。 スタートラインにさえ乗っていない男だ。点数をつけてやる、価値さえ無い。 「そんなわけで、ゲンブはどうだろう」 ピン、と立てた指は、天上を向いている。 あら、意外とまっとうですわ。 神楽耶がころころと笑った。 ナナリーもまた、スザクさんのお父様のお名前ですか? と不思議そうな顔をするだけだ。 仮面の奥で、真実を知るスザクはひたすらに扇を哀れむことにする。 口には出さない。 そんなことをしたら、攻撃対象が自分に移るのは目に見えている。 自らの命を惜しむギアスが発動したことにして、彼は黙っていた。 *** 男の名前しか考えていないのは仕様です。 扇には、ゲンブはマシだと思われそうだが。 |