多くの人が、兄に向かって殺到してくるのを。 ナナリーは、絶望しながら見ていた。 手が引き離される。 待って。 少女の願いは、空しく人々の足音に消えた。 ゼロを賛美する声が、響く。 待って。 少女の願いは、誰の耳にも届かなかった。 待って、待って、ねぇ、待って。 「おにい、さま………」 手を伸ばす。 けれど届かない。必死になって、手を伸ばすのに。 それでも届かない。 足が動かないことが、憎らしい。 「お兄様! お兄様お兄様お兄様!! 待って、待って! 離してください!! お兄様が、お兄様が………ッッ!!」 殺される覚悟だった。 はじめから、殺されるつもりでいた。 触れたら、わかる。 わからなかったのは、触れられなかったからだ。 言い訳だとわかっているけれど、そうだと思いたかった。 兄に、人が殺到する。 帽子が転げ落ちた。彼を罵倒し、死体が蹴りつけられる。 少女の喉が、ひっとあまりの凶悪な場面に鳴った。 「お兄様! やめ、やめてください!! 誰か! お兄様を………!」 お兄様を、助けて。 言いかけた言葉は、平手で打たれる衝撃に消えた。 唖然、として見つめるのは、姉のコーネリアだった。 自分を担ぎ上げていた女性が、彼女であったことさえ、ナナリーはわかっていなかった。 既に、道の端に彼女は避難させられていた。 傍には、ギルフォードがいる。 ぽかんとした様子で、彼女は姉を見つめた。 「……コゥ、姉、様………」 「すまない。大丈夫か」 「………はい」 張られた頬は、熱いけれど。 でも、痛くは無かった。 「コゥ、姉様、ですよね………。おひさし、ぶりです………」 「ああ」 苦く、コーネリアが頷いた。 ナナリーは、地面にへたりこんだまま、ぎしぎしと先ほどまでいた場所を見つめる。 血が、十字架に見えた。 兄を刺した剣を、高々と掲げるゼロを賞賛する声で頭が割れそうになる。 シュナイゼルも助けだされていた、赤い髪の少女も、自分より年下らしい少女も、拘束服らしき服装の人間は、みんな助け出されていた。 ただ一人。 兄だけが、打ち捨てられていた。 靴跡がついて、ボロボロになっていた。 「おにい、さま」 這いながら、兄のもとへ向かおうとする。 兄が、兄が、兄が、兄が。 最愛の兄が、どうして、こんな。 だって、あの人は。 世界に、平和を齎そうとした。 自分と同じだった。 やりかたは、ダモクレスに集めるか、自身に集めるかの、違いだけで。 「ナナリーッ!!」 コーネリアが、ナナリーの肩を抑える。 それだけで、彼女は動けなくなってしまった。振り払うだけの腕力も体力も、彼女には無いのだ。 「………コゥ姉様、だって、お兄様が、お兄様が………!!」 「わかっている。………わかっている………ッッ!!」 だからこそ、動けないことを知れと、コーネリアは血を吐くように言った。 今ここで、彼女がルルーシュの傍へ行き、彼を慕うことを示せば、憎悪と興奮が入り混じった群集から、ナナリーさえ袋叩きで撲殺されかねない。 それを認めるわけには、いかなかった。 「お兄様、お兄様、おにい、さ………ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」 姉の胸に縋って、泣く。 胸に縋って、泣くことが出来る。 まだ、自分は幸福なのだと、思ってしまった。 思い知ってしまって。 少女は悲鳴と慟哭を上げ続けた。 そんな声は、誰にも届かずに、群集はゼロの名を呼び続ける。 仮面の下を、誰も知らない。 *** ルルーシュの身体、誰が回収したのだろうと思いまして。 あの場では、確実に死んでたと思います。そしたら、石投げられたり蹴られたりの蹂躙はあるかな。と。ジェレミアに助けておいて欲しいとも思いますが。orz |