ただの少女に戻れたはずだが。 時折、こうした連中に囲まれる。 嗚呼メンドクサ、と、隠しもせずにうんざりと少女はカメラのレンズを握った。 ただでさえ遅刻しそうだったのに、これで完全に遅刻である。 「紅月隊長は、何故黒の騎士団に残られなかったのですか? ゼロの親衛隊長であったはずですが、矢張り彼の中身は違う人物が?」 「学生は学生の本分を全うしろと、ゼロに言われたからよ」 「では、ゼロがあなたに命令をしたら従うと?」 「えぇ。彼の言葉は、私たちに平和を齎してくれた。その彼へ、少しでも返せるものがあるなら聞くわ。もちろん、私の正義に適えば、だけど」 「例えば、ブリタニア人を殺せという命令だったら?」 「………ゼロは、無意味な虐殺などしないわ。アンタなにが言いたいの」 向ける鋭い視線にも、カメラを向けてくる男たちは怯む様子がない。 にやにやとした、タチの悪い笑みを浮かべるだけだ。 気持ち悪い。吐き捨てれば、さらに笑みは深まった。 「ゼロは死んだ。公式発表として、黒の騎士団は我々にそう言いました」 「言ったわね」 「しかし、彼は生きて悪逆皇帝を殺した」 「えぇ。おかげで今は平和ね。アンタ達が、そうやって暇なこと言ってられるのも、全部ゼロがルルーシュを殺してくれたおかげじゃない?」 「だからこそ、我々は真実を知りたいのですよ」 ゼロは誰か、あなたはわかっているんでしょう? 紅月カレンサン? 教えてください、答えてください、我々市民には知る権利があるんです、秘密にするなんてずるいんですよ、教えてください、答えてください。 しつこく迫ってくる男に、カレンは笑顔を浮かべ。 一瞬の間の後に、彼女は笑顔で右ストレートを繰り出した。 かの枢木スザクが食らった一撃よりか若干、威力は落ちるものの、それでも一般の成人男子を吹っ飛ばす一撃である。 もんどりうって転がっていく男を見向きもせず、汚れたと彼女はポーチからウェットティッシュを取り出すと丁寧に右手を拭く。 「な、ななななな!!」 「いい機会だから言っておくけど」 ざ、と肩幅に足を開いて、半身に構え、腰を僅かに落とす。 いつでも動けるこの格好は、攻撃体勢と言った。 「私は今だって、ゼロの親衛隊長よ。彼を脅かす存在は、許さない」 「それが、善良なジャーナリストに向かって言うべきことか!! 殴ってまで!!」 「あら? 善良なジャーナリストは、普通女の子の通行を妨げてまで自分の欲望を優先しないでしょ?」 だから私の中で、アンタ達は邪魔だと認識されたのよ。 獰猛な猫のように構える少女に、情けなくも男たちのほうが悲鳴を上げた。 「根堀葉堀、こんなことを聞いている暇があったら、もうちょっとまともに仕事しなさい! 今度うちの近くで見かけたら、タダじゃおかないわよ!!」 吼えれば、方々の体で逃げていく。 まったく。と鼻を鳴らしていれば、近所のおじさんやおばさんたちが毎度大変だねぇ、と、優しく声をかけてきてくれた。 彼らは、日本でカレンが黒の騎士団としてブリタニアから解放しようとしていた頃から知っている。 それだけに、多くが味方であってくれた。 こんなにも、自分は世界に守られている。世界から守られている。 「もう、学校休んじゃおうかしら」 呟く。 ぎゅ、っと、紅蓮弐式の起動キーを握り締めた。 世界は平和になったとはいえ、争いは絶えない。 小競り合い程度ではあるけれど、いつか武力による介入が必要になってくる。 その時は、呼んでほしいと彼女は"ゼロ"に言っていた。 学生として、全うしたら。その時は。 罪を肩代わりしようなんて、甘いことを言うわけではない。 ただ、せめて近くで生きさせて欲しかった。 ゼロからの答えは、未だ無い。けれど、諦めるつもりも無い。 自分は紅蓮弐式のパイロット、紅月カレンだ。 諦めるのは、性に合わない。 一歩、踏み出すのをダッシュに、彼女は走り出した。 平和すぎて、平和ボケをしている連中も多くいる。この平和を得るために、たくさんの人が死んで泣いていった。 生きなければならない、明日を。 嗚呼でも、こんないい天気の日は授業で教室にいるのが勿体無い。 思いながら、カレンは走った。 一時間目開始のチャイムが聞こえる。 *** 紅蓮弐式のキーを持っていたのは、いつか黒の騎士団に戻るっていう意思じゃないのかな、と思ったり。 結局、三人官女はルルーシュの意図に気づいたのではないかと。カレンが一番最後なのは、彼女の性格でしょうね。 |