馬車道を。
 ガラガラと、通る音は、澄んでいて。
 藁はふかふかと柔らかく。
 空は高く、美しく。
 平和で。
 平和で。
「なぁ、御者の」
 寡黙な御者の男は、答えずに目深にかぶったフードだけを向けた。
 にこりと魔女は、笑う。
 いつか、愛されるという特性の特異な能力を身に着けていた女は。
 真実、愛される質であったのだ。
 遺憾なく発揮される笑みは、御者の意識を向けさせる。
 女にはそれで十分だった。
「今日は、空が高いなぁ」
 御者の答えはなかった。
 魔女は気分よく続ける。
「今日は、空が青いなぁ」
 御者の答えはなかった。
 魔女は明るく続ける。
「今日は、散歩日和だ」
 御者の答えはなかった。
 魔女は優しく続ける。
「今日は、ピザ日和が過ぎる」
 御者は答えなかった。
 魔女は、多少不満げだが続ける。
「なぁ、御者の」
 御者は答えなかった。
 女はそれで良いと、笑った。
「私は、契約者を孤独に殺すしか能のない女でな。この間も、それで一人死なせてしまった」
 祈っても、結末なんて変わらなかった。
 神のいない世界で、魔王の妨げになるものなど、いるはずもない。
 ふふ。楽しげに笑う魔女は、空を仰いだ。
 嗚呼、なんて、青い、高い、綺麗な、青空。
「なぁ、るるー、しゅ」
 御者が肩をひくりと反応させた。だが、女は気づかない。
 彼女は空を仰いでいる。
「お前の望みは、叶っ、た、ぞ」
 嗚呼、いとしき私の魔王。
 最期まで傍にいる望みを、叶えてくれなかった私の魔王。
 私の最愛の共犯者。
 例え、最後に取った手が違うとしても。
 私の最愛の共犯者、その言葉に嘘は無い。
 私とお前の間に、隠し事は大量に必要だったとしても。
 嘘なんて、そんなもの、ひとつとして必要なかったのだから。
「お前の、のぞみ、は」
 ぼろり。
 涙が零れ落ちた。
 ぼろり。
 涙が止まらない。
 叶ったのに、男の願いは、確かに成就されたのに。
 満足なのに。確かに自分は、満足なのに。
「あ、あ、」
 震える声が、勝手に溢れ出る。
 壊れた、ごしごしとぬぐっても、溢れ出る。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
 いないいない、もうどこにもいない。
 私の愛した共犯者、私の愛しい共謀者。
 私の愛する魔王はもう、この世界のどこにもいない!!
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
 嘆きは、響く。
 御者は、寡黙に馬をゆっくりと進めていく。
 頭を抱えて泣き叫び嘆いていた女が、それでもうっすらと笑って、空を仰ぐ。
「嗚呼、なんて幸せなんだろう。ルルーシュ」
 愛しているよ。
 偽り無く、愛しているよ。
 この世の誰もが、お前の真実を知らなくても。
 この世の誰もが、お前の真実を忘れても。
 私は永遠を生きる魔女、C.C.
 お前の最良の共犯者、お前の最大の共謀者、私はお前だけの魔女であろう。
―――だから


「いい、空だ」



***
 彼女が生きることを、笑って死ぬより生きることを。
 選択したのは、ルルーシュのためだと思ってしまいました。


快晴の日和




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