もうすぐ、夕暮れだった。
 世界はゆるやかに、平和の道筋を辿る。
 世界は等しくやさしく、穏やかだ。
 もちろん、水面下ではそうではないのだろう。
 だが、現状に反対する勢力は、悉くをすでにルルーシュが一族郎党皆殺しにしていた。
 今の世界に、現状へ反旗を翻すだけの力は残されておらず、また、世論を敵に回してまでそうする必要は表面上見受けられなかった。
「ジェレミア様」
「ん、どうした」
「こっち、終わった」
「そうか。今日はよくやってくれた。疲れていないか」
「平気」
 言ってから、少しの間の後、疲れた。とだけつぶやき返した。
 それに、ジェレミアは笑って少女の髪を優しく撫でてやる。
 ブリタニアという国の崩壊に伴い、彼らは行き場を失した。
 実際、アーニャはともかくジェレミアは最後までルルーシュに付き従った男だ。顔も有名である。
 政務の中枢に、着けるはずもない。
 だが、かまわなかった。
 主君と仰ぎたかったマリアンヌ、その遺児二人、ルルーシュとナナリー。
 ルルーシュがいなくなったからといって、ナナリーに仕えたいとは思わなかった。
 もう、十分だった。
 自己満足にせよ、なんにせよ。
 少女を引き取ったのは、それが恐らく自分の最後の役割だと思ったからだろう。
 なにがあったかはわからないにしろ、ギアスの能力にさらされた少女。利用されたのか犠牲とされたのか、詳しいことはわからない。
 けれど、ルルーシュは彼女に対し最大限出来ることをしてくれと、ジェレミアに言った。
 だからというわけではないが、彼は少女を自らの娘のように扱うことを決めたのだ。
 実際、彼女はよく働く。異論は無い。
「………いい天気」
「だが、南からの風が強い。明日は、少し荒れるな」
「木、大丈夫?」
「うん?」
「補強とか、しなくていいの」
 収穫時期のオレンジが、鈴なりになる木々はしっかりしているがそれでも嵐などにあえばひとたまりもないだろう。
 少女が懸念していることに気づき、男はおおらかに笑った。
「大丈夫だ。今の時期、そこまで荒れはするまい」
「そう」
 言われて納得したのか、大量のオレンジを満足げにころころと手で一度触れ、少女はトラックの助手席に乗り込んだ。
「ジェレミア様」
「どうした」
「今日のお夕飯は、私」
「作ってくれるのか」
「ヨアンナおばあちゃんが、教えてくれた」
「楽しみにしていよう」
 アクセルを踏んで、車が動き出す。
 視界の端には、夕焼けが沈みそうだった。
 赤と青と白と。
 染め上げる空は、静かで激しく美しい。
 まるで、己の主のようだとさえ、思う。
「空」
「ああ、綺麗だな」
 少女の言葉を皆と聞かず理解する男に、アーニャはうれしそうに頷いた。
 明日もきっと、晴れるかな。
 囁くような小さな声で、オレンジの香りを胸に吸い込みながら少女は問うた。



***
 泣きそうだったのに、オレンジ畑のオレンジで涙引っ込んで泣くに泣けなくなって感情の消化不良起こしかけました。
 ちくしょうオレンジ、どうしてくれる。(八つ当たり


君が空だった




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