意識が、朦朧としている。ここ一週間の睡眠時間を指折り数え、四から先が折れなくなったのを思い知り、さしものロイドも嘆息をついた。
 薬や栄養ドリンクで誤魔化してはいるが、流石にそろそろキツイ。だが、時間は無い。睡眠を取っている暇があるなら、完成させてしまいたいのも事実だ。
 体質的にショートスリパーの人間が羨ましい。彼が寝ずに研究を続けていられるのは、集中力の賜物である。
 途切れた集中力は、引っ張り戻すのが大層しんどいのだ。
 欠伸をかみ殺して、成層圏近くの環境データを丸めた紙束で肩を軽くたたいた。
 フレイヤという女神の名前をした、恐怖の涙。
 ニーナを引っ張り込んだロイドとしては、責任を負う気はまるで無いものの、それでも幾ばくかの反省はあった。
 付き合っているのは、そういう意味もある。
 そして、彼らの最終目的を知ったからでもあった。
 まだ十代のはずなんだけどなぁ、あの子たち。
 思い返して、自分はどうだったろうかと考えて。昨日の自分と大して変わらないことに気がつき、気がついたことに蓋をする。
「陛下ぁ? まだお休みになられないんですかぁ?」
 今午前三時ですよぉ、午前三時!!
 普通のひとならとっくに寝ている時間だと、明かりの漏れる研究棟の一室に、ノックもせず首を突っ込んで彼は問いかけた。
 パソコンに必死で向かっている少年は、生返事だけを返して振り向きもしない。
 傍に置かれている、色づけが明らかにセシルのものであろうサンドウィッチはパサパサに乾いて倒れていた。
 丁度よいので、そのまま回収する。
 こうして、バイオハザードは防がれた。この間、ニーナが彼女の料理を口にして三時間ほど使い物にならなくなったのだ。
 二度目は御免である。
「多少お休みになられないと、ぶっ倒れますよ? 体力無いんでしょう?」
「ん……」
「魔女殿なんて、絶対に十時には寝ると言って部屋に帰られてしまいますし」
「あぁ………」
「たまには、休まないと。子守唄が必要でしたら、セシルくん呼びますけど」
「そうだな………」
「陛下ー」
「用件があるなら、そこで言え」
「円周率」
「3.1415926535 8979323846 2643383279 5028841971 6939937510 5820974944 5923078164 0628620899 8628034825 3421170679 8214808651 3282306647 ………、まだ必要か?」
「あっはぁ、ボクの話、聞こえてたんですねぇ」
「………それなりに、な。お前こそ、早く寝ろよ。こんなところで油売ってないで」
「んー、そうしたいのはやまやまですが、そろそろ限界近いんで、セシルくんを先に寝かせちゃったんですよねぇ。ニーナも、あの子もいくら大丈夫と言い切っても明らかに顔色危なかったんで休めちゃったし」
 陣頭指揮を取れるだけの人間が、揃って寝ているものだから寝るわけにはいかないんです。
 へらり。笑ってみせるけれど、それでも男にだって疲労の色は濃かった。
 来るべき日は、必ずくる。ほど近く。
 シュナイゼルならば、此方が行動を起こせば必ず動く。
 今は互いに、腹の読みあいをしているだけだ。
 ルルーシュがおとなしく、大多数の意見に飲まれるというならそれで良し。
 ルルーシュに反対する人間が、多く存在するのなら彼を討つべく動くために。
「お前」
「はい?」
「シュナイゼル兄上の擁していた、特派にいたんだろう?」
「そこの主任でぇっす!」
 昔の話だけど! 笑うけれど、それはそんなに昔の話ではない。
 たった、一年と少し前のことのはずだ。
 もうずいぶんと、色々な目にあってきてしまったが故に、ここまで来てしまったけれど。
「よく、もったな」
「なにがです?」
 言われ、言葉に困るように語を詰まらせて黙ると、ややあってからルルーシュは顔を上げた。
 かくり。と、小首を傾ける所作が、どこか幼い。
「……人間関係? お前は、随分と欲深く生きられるタイプだから」
 やりたいことを好きな時に好きなだけ好き放題。
 ある意味欲望というか己に忠実な彼は、自分を確立させる、という本能のレベルで欲になっても良いはずのものさえ持ち合わせていないシュナイゼルとは対照的だ。
 言えば、やはりロイドは笑って応じた。
 壊れた人間が、折に触れ見せる笑みである。
「あの人は自分が"そういう人間"だ、って自覚がありますからねぇ。やりたいこと、好きなこと、自分が求める自分、そういうものを強く持っている人間を、傍に置きたがるんですよ」
 退屈しのぎと。
 あとはただ、羨望と模倣を繰り返すためにだろうか。
 本当の意味で、ロイドだってシュナイゼルを理解していたわけではないから、わからない。
 この世の誰も、彼を理解するのは難しいだろう。
 きぃ、と、軋むはずのない椅子を軋ませて、ルルーシュはロイドに向き直った。
 表舞台や戦闘中ならいざ知らず、今はまったくのオフというわけでもないが、人目のない時間である。
 だからこそ、彼は黒の上下という実にシンプルな格好をしていた。
 そちらのほうが似合うのは、彼にとって着慣れた色だからだろう。白い服は、そうであれ、と己を枠に嵌め込むための型のようで、ロイドには違和感しか感じなかったのだ。
「ロイド」
「はい?」
「向こうにデータを回したから、お前の分を寄越せ」
「はぁい、って、はい?」
「俺が今日必要な分は、今ので終了した。お前、まだ解析残っているから起きているんだろう? やっておくから、とりあえず寝ろ。ひどい隈だ」
「いやぁそれはありがたいですけど、陛下だって隈」
「慣れている」
「え、でも、ニーナにルルーシュ陛下は体力あんま無い、って聞いてますよ?」
「さっきといい、情報ソースはスザクかと思っていたらニーナか……」
「校内鬼ごっこ祭りで、真っ先に捕まったんでしたっけ? で、二回目開催の時は、給水塔の電子ロックをあらかじめ強化した上でそこに逃げ込んで、制限時間いっぱいやり過ごしたとか」
「ニーナ………!!」
 笑いながら語られる思い出話に、わなわなとルルーシュが震える。
 事実だから、否定できない。
 一度目は、体力切れを見越して延々と陸上部に追いかけ続けられて捕まり、二度目はその時の教訓を生かして開始と同時に逃げ込んだのだ。
 電子研究会が気づいたものの、ルルーシュの組んだパスワードに成すすべも無く敗北。以後、彼は研究会単位で崇められつつ嫉妬心に晒され続けた。
「そんな体力ない陛下なんですから、徹夜四日目はきついでしょう? 四時間ほどでも、仮眠取れますよ。今からなら」
「そんな暇は無い」
「ありますって。ボクがちゃんとやらない、って、思ってます?」
「ランスロットの仕事を知っている。そんな人物ではないことは、理解しているが?」
「じゃあ、どうして眠られないんです? 悪夢が怖い、なんていうの? もしかして」
 からかうような言葉に、首を横に振られる。
 少しばかり意外に感じながら、ではどうしてと語を繋げれば、小さく苦笑をこぼされた。
「王が動かなければ、人はついてこないだろう?」
「王様は、動かずにじっとしているべきでは?」
 王がチェックをかけられたら、打てる手は格段に少なくなってしまう。
 ならば、あらゆる布陣を王のために敷くべきである。
 言えども、矢張りルルーシュは苦笑を浮かべて否定をするだけだ。
 どうして。視線で問いかければ、彼は笑った。
「王が本当にしなければならないのは、すべてを背負うことだ。後ろにいたのでは、なにも背負えない」
 だから、王が自ら動き、前に出る。
 後方支援に似た研究だって、研究者は研究の前線にいる。
 彼らの戦場は、今まさに此処だ。ならば、後ろでのうのうと寝ているべきにはいかない。
 言うルルーシュに、ロイドはいっそ感心してしまった。
「いいなぁ、陛下」
「ん?」
「いいえぇ、なぁんでも」
 言って、電源が入ったままのノートパソコンにポケットの中に入っているフラッシュメモリを差込むと、勝手に簡易ソファに腰掛けた。
 硬いけれど、ここ数日で確かに使われた形跡。
 仮眠のベッドに入ることもなく、ここで眠っているのか。
 一国の、世界の三分の一を占める、皇帝が。
「一緒にやったら、少しは早く寝れるかもしれないでしょう?」
「目指せ、睡眠時間一時間半、か?」
「ここは欲深に二時間十五分で!!」
 言いながら、たたき出すキーボードの音がどんどんスピードを上げていく。
 無言になりはじめた部屋に、作業を進める音だけが響いた。
 朝日が差し込むまで、まだ多少時間がかかりそうだった。



***
 ロイドさんが、ロイドさんが、ロイドさんが、ルルに対して臣下の礼をとった………!!!
 感動しすぎて、ロイドさんネタでまだ書こうとしていますこの女。あと一週間早ければ、確実にロイドさんと皇帝ネタで一冊出してましたヨ。←


沈み込んだ色は淡く




ブラウザバックでお戻り下さい。