湯気を立てる薬缶を、不精にもタオルを取手に巻いて持ち上げる。
 ゴールデンルールを無視して入れられた紅茶は、琥珀色よりも赤みが強かった。
 今日も昨日も、その前も自分がやっている。
 食事当番は交代だったはずだが、彼女に任せていたら確実に餓死が待っている。諦めるしかなかった。
 支度がほとんど整ったところで、起こそうと踵を返せば魔女の姿。
 朝食の匂いで起きたのか、まだ眠そうである。
 しかし構うことなく、テーブルに座ると紅茶はまだかと要請してくるのだから、額に四つ角が浮いても仕方の無いことだ。
「アンタねぇ。たまには順番守りなさいよ」
「律儀に食事を作っているのは、お前だろう。カレン」
「だからって、毎日毎日……。寝すぎてどうにかなるんじゃないの?!」
「寝すぎでどうにかなるほうが問題だな。寝込んだら看病しろよ」
「そこで命令形なのが腹立つ!!」
 勢いよくガリガリとバターナイフでマーガリンを塗りつける少女に、魔女はそ知らぬ顔だ。
「なぁ、カレン。お前は良かったのか」
「良くないわよ! なにが悲しくて、毎度朝食当番なんだか!」
「そっちか」
「それ以外のなにがあるっての」
「………あーあ。なんであたし、こんな女に負けたんだろ」
 ため息をつく声音は、魔女が魔女として存在するより前の。
 少女らしい高さをもった、ものだった。
 む、としたカレンに、訝しげな様子は無い。
 どちらのC.C.も知っているのだと、態度が物語っていた。
「勝ってないわよ。結局」
「勝ったじゃない。KMF戦で」
「黒の騎士団、現役エースなめんじゃないわよ?! 場数が違いすぎるでしょう?!」
 ふざけているのか、と憤るわりに、本気で怒っているわけではないのは本人も本当の意味で勝った負けたが無いと思っているせいだろうか。
「あたしだって、それなりに戦ってきたもーん」
「ガウェインはルルーシュが火器管制やってた、って、ラクシャータから聞いてるんだからね」
「操縦はあたしがちゃんとやってたもの。ジークフリートの攻撃だって、避けられるんですからね!」
「あたしの紅蓮と、オレンジを一緒にしないで!!」
 ぎゃあぎゃあと喧しい少女二人の会話を、さえぎったのは車椅子が段差に躓く音だった。
 ぴた。と喧嘩を止めた二人は、椅子を引いて立ち上がる。
「ごめんなさい、うるさかったかしら」
「悪いな」
 コロリと口調を変えたC.C.に、憎憎しい視線を送りながらカレンは気遣わしげに少女を見やる。
 紫色は彼より薄く、どちらかといえばシュナイゼルやコーネリアのそれに近いだろう。
「いいえ。もう、随分な時間ですし」
「でも、昨日も遅くまで本を読んでたでしょ? 昨日寝る前に、今日は好きなだけ寝かしておこう、って言っていたのよ」
「まぁ。ありがとうございます、C.C.さん。カレンさん」
「気にする必要は無い。カレン、ナナリーの分も朝食を用意してやれ」
「っだからなんでアンタに言われなきゃなんないのよ!!」
「私の手料理が所望なら、望むところだが?」
「目玉焼きにマンゴーソースかける味覚破壊女に、誰がやらせるもんですか!!」
 足を踏み鳴らしてキッチンへ戻る少女に、言う間にさっさとやれば良いものを。などと、正しく外道のような発言をさらりと魔女がした。
 車椅子を滑らせて、いつものところへ落ち着けば少女は手の届く範囲に置いてある食器を取り出していく。
「なぁ、ナナリー」
「はい?」
「毎日は楽しいか?」
「はい」
「そうか」
 それは良かった。
 魔女は笑って、本当に良かった、と繰り返した。
「C.C.さんは、どうですか?」
「私か?」
「はい。毎日は、楽しいですか?」
 問いかけてくる瞳が、薄い菫色。
 思い返すのは、濃い紫と、傷んでしまった赤色だけだ。
 だから彼女は答えられる。
 はっきりと、心から。
「いいや、全く」
 はやく世界が滅べばいいのに。
 嘯けば、やっぱり魔女ですね、と、ナナリーが笑顔で言った。



***
 イメージは同名の曲より。
 やること無いのに追いかけて逝けない女三人、同居させてみました。 


あなたがいた森




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