眼を覚ましたら、そこに天使がいた。
 そこは彼女にとって楽園に等しかった。
 感涙を零し、言葉が出ない。
 笑っていた一人が、頓狂な声を上げる。けれど彼女は気にしない。
 ゆっくりと振り返り、天使が己の名前を呼んだ。それだけで、彼女の胸はいっぱいになった。
「お姉様?! どうされたのですか?!」
 そこに、ユーフェミアの姿を見つけたから。
 ぼろぼろと大粒の涙を流す、戦場の女神とまで謳われた彼女を見やり、シャーリーとロロは顔を見合わせあった。
 手元にはシフォンケーキとダージリンのカップがあり、今まで彼らは穏やかかつ賑やかにお茶会をしていただけだと教える。
 抱きしめる腕の強さに、少し苦しさを感じるけれどユーフェミアは大人しく姉に抱きしめられていた。
 反発したままで終わってしまったけれど。
 愛されていたのは、確かだったのだと彼女だってわかっている。
「あの、コーネリア様」
「なんだ!」
 恐る恐る声をかければ、鬼神の如き面持ちで邪魔をするなとばかりに怒られた。
 首を引っ込めるシャーリーを見やり、べり。とユーフェミアが姉を引き剥がす。
「お姉様」
「……ユフィ?」
 離されたことが、衝撃的だったのだろう。
 唖然とした彼女へ、浮かべる笑みは優しいが四つ角は浮いていた。
「一緒に、お茶の続きは如何ですか?」
 テーブルの上に、ロロが皿を用意していた。
 丁寧な手付きで入れられた紅茶に、皿へは生クリームを落とそうとしているところへユフィが声をかける。
 曰く、そのままでかまいません、と。
「お姉様は、あまり甘いものが得意でらっしゃらないの」
 言われて、やはり彼女は自分の妹なのだと確信し。
 ぼろぼろと、また涙を零した。
 流石に二度目は、シャーリーもロロもなにも言わなかったが。
 一頻り泣き止むのを待って、落ち着かせた頃にはコーネリアの化粧は酷いことになっていたし眼も腫れていた。
 だがそれを、誰かが上げ連ねることはない。
 当然だ。それだけ、彼女が妹を大事にしていたということなのだから。
 シャーリーにしろロロにしろ、ユーフェミアにしろ。
 自身が愛されていたことを、愛された記憶を、ひたすらに大切にしている。
 だからこそ、上げ連ねるような真似はしなかった。
「落ち着きました?」
「なんとかな」
 熱いお絞りで目元を押さえながら言えば、にっこりと最愛の妹が微笑んでくれる。
 それだけで、彼女にとっては至福だったが矜持がそれだけを赦さない。
 お絞りをテーブルへ置くと、こほん、と咳払いを一つ。
「醜態を見せた。忘れろ」
「あ、いえ。そんな………」
「お気になさらずにいてください」
 困ったように笑う二人へ、どういう関係者かコーネリアは妹へ視線で問い掛けた。
 ぱぁ、と笑い、軽やかな足音を立てて二人の後ろへ回る。
「こちらは、シャーリーで、こっちはロロ! 二人とも、ルルーシュの大切な人です!」
 名前に、コーネリアの眉が吊り上がった。
 何故、妹がこんな安らかに晴れやかにルルーシュの名を言うのかと言わんばかりに。
 その名は、命を奪った名のはずなのに。何故。
 訝しげな様子を、見て取ったのだろう。ユーフェミアは、困ったようにしながら、けれど笑って見せた。
「お姉様。私、ルルーシュを恨む理由がありません」
「しかし、お前は!」
「あれは事故です。ルルーシュは、色んなことを諦めて私の手を取ろうとしてくれました」
「それすら計算だったのかもしれないだろう!」
 ドン、と拳をテーブルに突きつければ、ロロが呆れ果てたように吐息をついた。
 露骨なそれに、眼光鋭く見つめる。
 だが欠片も気にする様子なく、ロロは紅茶を一口飲んだ。
「兄さんがそんなこと、出来るはずないじゃないですか。事故じゃなかったら、それこそハメられた時くらいですよ」
「ルル、優しいもんねぇ〜〜」
 少年の言葉を同意する少女に対して、複雑な顔を浮かべるコーネリア。
「ギアスに操られたのは、本当と聞くぞ」
「でも貴方、ギアス能力に関してそこまで詳しくないでしょう。バトレー将軍から聞き及んだだけ、ということですが」
「V.V.の研究資料でも見た」
「あぁ……。そういえば、あそこにいたんでしたっけ」
 忘れてた。
 呟かれ、今度こそ彼女は自制心を跳ね飛ばして立ち上がった。
 それでも、ロロの反応は薄い。
「もう! なんでロロはそんなに冷静なのっ」
「兄さんの敵は僕の敵です。兄さんを謂われなく責める人になんか、優しくする気はあんまり」
「ロロ!」
「仕方ないわ、シャーリー。ロロはルルーシュが大好きなんだもの」
「わかってますけどぉ」
 でも、相手は皇族なのよ? といわれても、ロロの反応は薄かった。
「………兄さん?」
「ルルーシュ・ランペルージのことですがなにか?」
「それは、ルルーシュの偽名では……」
「偽名なんかじゃ、ありません。あそこに、アッシュフォード学園に、確かにルルーシュ・ランペルージという人はいたんです」
 ふざけたことを言うな、とばかりに冷えた瞳で言い返され、コーネリアは語を詰まらせる。
 惑いながら顔を合わせるユーフェミアとシャーリーだが、そこで否定をしないことは本人達も同意見ということなのだろう。
「お姉様。私、スザクのこと、好きですわ。ルルーシュのことも」
「コーネリア様がルルを赦せないのはわかるんです。でも、いつか赦す、っていう選択もしてあげてください。ルルは、家族がとっても大切だったはずだから」
「兄さんは甘いんです。そこのユーフェミア様が、兄さんを追い詰めたのも本当なのに」
「本当にごめんなさい。あれが最善だと、思ったのだけれど」
「結局シュナイゼルに踊らされただけじゃないですか。あの後、どれだけ泣いたと思ってるんですか。兄さんが」
「ローロッ! ルルを泣かせちゃったのは、私達も同じ! だから怒らない責めない詰らない! 約束したのにもう忘れちゃったの?!」
「………ごめんなさい」
 シャーリーの剣幕に、ロロはすぐさま謝った。
 なにも、彼女が怖いわけでも彼女を害した罪悪感でもない。
 いうなれば、迫力負け。というやつである。
「お前達は………」
「はい?」
「お前達は、ルルーシュや枢木スザクを、恨んでいないのか?」
 言われて、三人はいっせいにきょとん。とした表情をしてから、噴出す。
 そうして、声を揃えて高らかに笑った。

「「「愛しているけれど、憎んだことなんて!!」」」

 語尾はそれぞれ違うため、最後は不揃いに終わってしまったけれど。
 笑顔だけは、揃って晴れやかで。
 つまりは、それが答えだった。


***
 あそこで退場ってことはないだろうけど、あそこでキッチリ殺さないのもシュナイゼル兄上らしくないのでリア姉様も入れてみました。
 守護霊組ならぬ、背後でふよふよ漂ってお茶会組な感じで。(えー


静かで賑やかなお茶会を、




ブラウザバックでお戻り下さい。