瓦礫に触れてみれば、触れた瞬間灰になった。
 髪に触れた風さえ、灰を孕んでいた。
 元神聖ブリタニア帝国、帝都ペンドラゴン。
 その成れの果て。
 戦争は終わった。すべての人に、納得がいかない形で。
 すべての人が、救われない形で。
 すべての人が、不幸になる形で。
 戦争は綺麗になんて、とんでもないほどみっともなく、惨めに、陰惨に、醜く、傷跡を残して終わった。
 カレンをはじめとした黒の騎士団の待遇は、悪くない。それは、背後に超合集国議長神楽耶の存在も大きい。
 ふと、気づく。
 結局すべて、他人任せなのかもしれないと。
 日本の独立を求めて、ひた走っていた。けれど結局、ルルーシュの手がなければ日本は日本の名を取り戻せなかった。
 あの日死んでいた。あの時死んでいた。ブリタニアを罵りながら、けれど口には少しも出せない、消化不良の感情を抱えたまま。
 気づくのが、遅い、なぁ。
 気づいても遅い。時間は立ち止まらない。
 もう少ししたら、またここが戦場になるのだ。廃墟であれば、こうまでなにも無くなってしまえば、戦争するのに不自由はない。
 半径百キロに及ぶ、無風地帯。ここで、また戦争が起きるのだ。
 骨も残せなかった人たちを踏みつけて、争う。
 したくない、もう意味が無い、そう思っても、自分は黒の騎士団のエースだ。
 超合集国連合は、武力を持たない。自分たちが戦わねば、また多くの血が流れる。それを防ぐために、戦わなくてはならない。
 戦って、戦って、戦って、戦って。
 明日はなにが、待っているのだろう。目的が無い、目標が無い、未来が無い、未来が見えない。
 真っ暗な気持ちになるけれど、それでも戦わなければならない。
「なんだ、生きていたのか」
 顔をあげたら、魔女がいた。ライトグリーンの髪、見慣れた拘束服、手にした人形は少し汚れていた。
 金色の瞳、老成した気配、美しい少女は、魔女だ。
「なんで………」
「私の屋敷があったのも、このあたりだと思い出したんだ」
「屋敷?」
「嗚呼。八十年くらい前になるかな。貰い物だったが、意外と気に入っていた。ペンドラゴンより少しは外れていたから、と希望をもったが無意味だったか」
 言うほど、衝撃もなにも受けていないのだろう。
 足元のざらざらした地面を、彼女は優しく踏みつけた。
「………今、なにしてるの」
「それはお前に言う義理があるのか?」
「……無いけど」
「じゃあ、言わない」
「C.C.!」
「なにをしたいんだ、お前。私と会話して、なにを取り戻したいんだ?」
 なにを求めて、私との会話を求める。
 あきれ果てた口調は、無味乾燥だった。それに、カレンは多々良を踏む。
「私がお前の味方であると思っていたのか? 共犯者だとでも? ありえない。私の共犯者はただ一人。言ったはずだろう? 覚えてもいないか。一年前にも満たぬというのに。ならば繰り返し教えてやるよ。私の共犯者は、愛しき魔王はルルーシュをおいて他にはいない」
「………なんでアンタが、そんなにアイツを庇うのか不思議だわ」
「むしろ私は、なんでお前たちがあんなにアイツを憎むのかがわからないな」
「だって!」
「ゼロにしたくせに」
 はじかれたように言い募ろうとしたカレンに、魔女は容赦などしてやらなかった。
 情けなどかけてやらなかった。その必要性さえ、見つけられなかった。
「扇やヒゲやディートハルトが敵対心をあらわにするなら、まだ目を瞑ってやろう。必要が無かったとはいえ、事情をなにも知らせていなかったしな」
 だが、お前は。
 知っていたな。ナナリーの存在を、ルルーシュに為された記憶の改ざんを、最愛の妹との離別の際の、苦しみや悲しみを。
 知っていたはずだ。それでも、ルルーシュに"ゼロ"を突きつけたのは、お前だろう。
 仮面を被ろうとはしても、仮面の重みを伝えても、結局被ることはなかった、ゼロという存在を。
 ルルーシュには、強いた。
「だって、騙していたのは本当じゃない………!」
「奇跡を起こしたのも本当だ。お前、まさかアイツのことを神か魔王だと思っていたんじゃないだろうな」
 奇術には、仕込がある。だが、それを恥じる奇術師がどこにいる?
 手の中から鳩を出すからといって、手が亜空間にでも通じていると本気で信じているわけでもあるまい。
「ゼロは所詮人間だと、知っていたはずのお前でさえこの体たらく。他の人間が信用せずとも、仕方ないんだろうな」
 仕方ない。
 その言葉に、カレンが目を見開く。
 見つめる魔女は、もう諦めていた。諦めていた。
 ぞっと、緋色を纏う少女から体温が落ちる。
 誰かに見捨てられるという感覚が、今更ながら恐怖を友にやってきた。
「いいさ。アレは私の共犯者、私の魔王、私の王。お前たちなどに、やるだけ勿体無い。お前たちには、所詮奇跡を起こしてくれるだけの何かがいてくれれば、良かったんだろうからな」
 ルルーシュはいらなかったんだろう?
 ゼロでさえ、いらなかったんだろう?
 自分たちに都合の良い、独立の旗印がいてくれればそれだけで良かったんだ。
 自分たちを導いてくれて、都合よく何でも出来てくれて、失敗しても責めればそれをなんでも請け負ってくれて、情報を収集してくれて、金を用立ててくれて、死なないように作戦を立ててくれる存在であれば、なんでも良かったんだ。
「ち、違!」
「違わないだろう。だからお前たちは、ルルーシュを見捨てたんじゃないか。お前だって、自分こそがゼロを殺すんだと息巻いていたじゃないか」
 なぁ? 侮蔑の瞳が、冷ややかにカレンを貫く。
「自分達にとって都合が悪くなれば、切り捨てられる程度の存在でしかなかったのにあんなふうに祭り上げて。嗚呼、本当に不快だ」
「アンタにとっては、どうなのよ!」
「おいおい。まさか本気で言っているわけではないだろうな? 自分達が責められたから、私も同じフィールドに引きずり落とそうとでも? だとしたら、それこそ本当に無意味だぞ。それ以上私に、お前を呆れさせるな」
 言葉の出ない少女に、魔女の冷笑が被る。
「私はC.C.、魔女にしてあの男の共犯者にして、あの男の最後まで傍にいる女。お前たちとなど、並べられるだけ不愉快だ」
 言い放つ彼女に、けれどカレンが精一杯のプライドで笑い飛ばそうとする。
 声は震えているけれど、口元の笑みはゆがんでいるけれど、それでもそれが今の彼女の精一杯だ。
「もうルルーシュはいないじゃない。アンタの傍に」
「………そうだな。死んだからな、あの男は」
「そうよ! どんなに言ったって、もういないじゃない! ルルーシュは!」
「嗚呼、世界のどこにもあの男はいない。だが、だからこそお前を哀れんでやると言っているんだよ、紅月カレン」
 くすり。美しく笑う女は、冷酷な女王のようだった。
 烈火など、髪先を焼く炎にすらならないとばかりに冷たい表情は、身の毛が弥立つほどに美しい。
「哀れな女。わからないのか」
「なにを………ッ!」
 言及しようとしたカレンの耳に、飛んでくるのが通信だ。
 もうすぐ、戦場になる。帰還命令は、扇ではなくヴィレッタからだった。
「言ったはずだ。私は最期までルルーシュの傍にいる女。あの男に口付けたのだろう? けれどそこにあの男の魂は無かったはずだ。たかが離別の挨拶に、魂が宿るはずもない」
 けれど、私の口付けは目覚めと永遠の離別。
 引き取る息は、抜け出す魂は、最期の言葉は。
「最期の呼吸さえ、最期の魂さえ、私の身の裡だ」
 ぜんぶぜんぶ、わたしのもの。
「哀れだな、そして不愉快だ。あの男の一欠けらを持っている、お前が」
 金色の瞳が、冷えた視線で貫いてくる。
 カレンの耳に、再度の帰還命令が下される。命令をするのは、ヴィレッタ。
 後ろでは神楽耶や扇の忙しい声も、聞こえてきた。
 世界のどこにも、ルルーシュの存在は無い。
 ただ一人、目の前の魔女を除いては、何処にも。



***
 なんか、カレンがスザク化しそーで怖いです。(22話で「ルルーシュを殺すのは私よ」みたいに言ってたし。
 多分、このルルを殺したのはスザクで、C.C.さまは最期にちゅー奪っていったんだと思います。←


スカアハに孕まれて眠れ




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