そして第100代神聖ブリタニア帝国皇帝が即位した。
 名はナナリー・ヴィ・ブリタニア。
 車椅子の上から動けない少女は、けれど兄との敵対を経て閉ざしていた瞼を開いた。
 彼女は、貴族制度の撤廃や植民エリアの解放に肯定的な一方で、武力の根絶を目指した。
 超合集国連合も、彼女の意思に賛同。
 改めてブリタニアは、超合集国連合に名を連ねる形となった。
 勿論、人口比率20%内での発言権など、大分超合集国連合の意向に沿わせた形である。
 はじめのうちは反発していたブリタニア人も、超合集国が契約する黒の騎士団をまとめて相手にするのは割りに合わないと考えはじめたのだろう。
 次第に、口を閉ざしていった。
 反対に大きく意見を言うようになったのは元ナンバーズ達であろう。
 とはいえ、ナナリー皇帝の成果を知るだけに彼らは大っぴらにブリタニアを批判し批難することはしなかった。
 彼らの矛先は、常に先代皇帝ルルーシュへ向かっていた。
 悪逆皇帝、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。
 ゼロとしてエリア11を混乱と騒乱に叩き込み、絶望を刷り込んだ張本人。
 ナナリー・ヴィ・ブリタニアの兄というのが信じられぬ暴君ぶりは、いくら教科書を誤魔化そうとしたところで限界のある非道振りだ。
 彼の前では、虐殺皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアさえ霞んでしまうことだろう。確たる噂として、あの虐殺事件さえ彼が仕組んだのではないかとされている。
 ブリタニアの白き死神を騎士に据え、民主主義を謳う一方で武力による強制を笑いながら行った99代皇帝。
 彼はもういない。
 世界のどこにも、もういない。
「アレで良かったと思う? セシルくん」
 にゃあにゃあ、とアーサーと戯れていたセシルが、顔を上げた。
 現在の彼らは、日本の片隅で技術屋をするだけの存在である。
 そうなるための偽造国籍や、場所などは、先に彼らの主が用意していた。
 抜け目なく、整えていた。
 だから、政権が崩壊し99代派だった彼らもこの地で生きていられる。
 勿論、シュナイゼルやコーネリア、黒の騎士団に見つかればただでは済まないだろうが、その心配を彼らはあまりしていない。
 エリア解放により、本国や各エリアではごっそりと軍縮がなされていた。
 ここは、その第一陣として為され手に職を持たない軍人たちを社会に適応させるための訓練所が数多くある町だ。
 元軍属である人間も多い中で、技術屋は地に根ざして生活している者が多い。
 ロイドやセシルも、そういった中の一人として紛れ込んだのである。
「どうでしょう。でも、陛下もスザクくんも、目的は果たしたことになるんですよね」
「そうなんだよねぇ。ま、KMFがあんな使われ方する時代、ってのも、妙な感じがするけど」
 ちらと視線を投げれば、未だ復興途中の町に転がる瓦礫の数々をKMFが器用に退けている。
 元々、KMF開発の一端を担っていたアッシュフォード家はKMFを福祉目的で開発、研究していたのだ。
 今の使い方こそが、正しいとも言えるだろう。
「殺したぶんだけ、償う方法。陛下は、どれだけ抱えていかれたんでしょう」
「元、陛下だって。今はもう、ナナリー皇帝陛下が即位されてるんだし」
「そうですけど」
 彼の、王としてのカリスマを身近に感じすぎて、陛下、と呼んでしまいます。
 困ったように笑う元副官に、まぁねぇ、とロイドも頷いた。
 第98代シャルル・ジ・ブリタニア皇帝から始まり、99代、100代と、彼らの印象はあまりに強すぎた。
 常に時代が求めていたわけでもないだろうに、代替わりの早い皇帝位にこうも時代に適した人間が即位するのは、一体どういう理由だろう。
「ねぇ」
「わかってます。でも、わかりません」
「ボクは、アレで良かったんだと思うよ」
「そうなんですか?」
「だって、あの方に世界は酷過ぎたしスザクくんには世界は優し過ぎた」
 彼らの道が、方法が、為した現状が。
 良かったのか、悪かったのか。
 判断つきかねるような言葉の返答は、科学者にしては似合わない詩的なものだった。
「世界のどこかで、あの四人は仲良くやってるんじゃなぁい」
「まさか、ジェレミア卿とロイドさんがあんなに仲良くなるなんて思いませんでした。私」
「あっはぁ〜! オレンジってわかりやすいからねぇ」
「ロ・イ・ドさん? 爵位がなくなったのは、あなたもジェレミア卿も同じことですよ? 馬鹿にしていい理由はどこにもないって、お分かりですよね?」
 にこにこ笑う彼女の後ろで、なにかが渦巻いては膨らんでいった。
 ずもももも、と、なんかこう、黒いものが。
 慌てて平身低頭謝り倒すロイドだが、元副官にして現経理事務その他フォロー全般担当の彼女には通用しない。
 人間性の教育とて自分の役目だと、固く信じて疑っていないのだから当然だ。
「すいませーん。ちょっとKMFのコアルミナスの調子を見て貰いたいんですけどー」
「せせせ、セシルくん! お客お客!」
「まぁ。じゃあ、この講義は後できっちりやりましょうね〜。逃げちゃ駄目ですよ。はーい、今行きまーす」
 ぱたぱたと走っていくセシルに、逃げ出す算段を立てるロイドがおや、と目を瞬いた。
 時間は夕暮れ、そろそろ作業を終えて、人々が家路に着く時間。
 ぽつぽつ、と灯りはじめたのは、家の明かり。
「あなたは確かに作りましたよぉ、陛下」
 やさしいせかいを。
 かえりたい、と願う家に、かえりつける世界を。
 あなたは確かに、作り上げられましたよ。陛下。
 ぽつりぽつり、灯されていく家の光。
 夜がゆっくりとやってきては、どこからか漂う夕食の香り。
 やがて夜になったとしても、消えない光で。
 せかいはとても、やさしくて明るいものなのだと。
 彼は理解して目を伏せた。



***
 ルルとスザクとC.C.様とジェレミアは、貴族制度撤廃に伴い捨て置かれた廃洋館かなんかで裏に畑作って暮らしてます。きっと。
 壊れてる自覚が、無理やりな自覚なのかそれとも自然なものなのかでこの後のロイドさんの身の振り方が変わりそう。


夜は明るく




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