険しい表情の少女が、身動き取れぬ電動車椅子の上で見えぬ瞳であるというのに真っ直ぐに正面を見据えて言い放った。
「私は、お兄様の―――敵です」
 世界が、止まる。
 ルルーシュの世界が、止まった。
 少なくとも彼にはそう感じたし、傍らにいたC.C.も同様に感じた。
 世界とは、ルルーシュにとってナナリーだ。ナナリーにとって、もはやルルーシュが世界ではないとしても。
 彼にとっては、世界とはつまりナナリーを示すのだ。
 柔らかな拒絶ではない。ゼロの正体を知らぬがゆえの、拒否ではない。
 ルルーシュを、兄を兄と認識した上での、否定。
 それはなによりルルーシュが恐れていたことで、現実に起きて欲しくないと願い続けていたことだった。
 ざ、と血の気が失せる。元より白い肌が、一瞬にして青に変わり果てる。
 震える唇が、なにかを紡ぎだそうとして。
 それよりも早く、ナナリーの口が開いた。追い討ちをかけさせるくらいなら、通信を無理に切ってしまうか。
 出来ないとわかっていて、魔女は身を乗り出し映像の電源に指を伸ばしかけ。
「なんてことは、あるわけありませんのでご安心ください、お兄様」
 笑顔で言い切ったナナリーに、やっぱりもう一度世界が止まった。
 引き締めた表情は、朗らかな笑みに変わっている。うふふ、とにこやかに笑う少女は、ごめんなさい、と素直に上体を屈めた。
 傍らのシュナイゼルやコーネリアが映っていないが、その意図がわからない。
 これも彼らの計算かと、むしろルルーシュは身構えた。
「お兄様? えぇと、お元気ですか? 私は元気です」
 うん、それはよくわかったよナナリー。あの兄上と姉上を前にして、こんなことが出来るのだからそりゃあ元気だろう。
 さしものシスコンも、色々と回線の吹っ飛んだ状態ではフォローが入れられなかった。
「実は、シュナイゼルお兄様から色々と事情をお聞きしたんです。お兄様、皇帝位を簒奪されたということですが、ご不便はありませんか?」
 うん、それも大丈夫だよナナリー。というか、普通は皇帝位なんてすき放題出来る地位だとは思わないのだろうか。
「お兄様は、自分よりも周囲の方を考えてしまうから、そのフォロー対策も考えて政務にいそしまれているのではないかと思うと心配です。ちゃんと朝食は召し上がっていますか? 駄目ですよ、私がいないからといって、ご飯を食べることを面倒がられては」
 ああ、それについてはごめんよナナリー。けれどどうにも自分の体調管理は、必要最低限以外に気が回らなくって。
 ちなみに、本日の朝食はコーヒーとヨーグルトだ。セシルからの料理は、全力で遠慮した。
 一度味わったら、二度と味わいたくないシロモノである。彼が室内に備えられているキッチンで軽食を作ってやった時、スザクとロイドが泣いて喜んだのを考えるに、彼女は自身を毒殺しようとしたのではなくあれが素なのだろうと理解出来た。
「お兄様がどのような道を選ばれたのか、私に知る術はありません。ですので、直接そちらへ伺いお話をお聞きしたいと思います」
 え? 来るのか? 来れるのか? 今のこの状況で、どうやって。
 こうやってです。心の疑問は、少女の手にされている万能スイッチによってすぐに実現した。
 きょとん、と目を瞬かせるルルーシュの目の前で、画面が揺れて転倒する。
 思わず立ち上がり、画面へへばりつけば大丈夫ですよー、とばかりににこにこした笑顔で少女が手を振っていた。
 少女のすぐ後ろには、赤紫のカラーリングされたKMF。
 ナイト・オブ・シックス、アーニャ・アールストレイムの専用機モルドレッドであることが、すぐにわかった。
「うふふ。私、KMFの手に乗るのはこれで三回目です。お空の散歩みたいで、気持ち良いですよね」
 いや、強風とか一歩足を踏み外した時の危険性やなんかを考えると、のんきにそんなこと考えてはいられないと思うよ。ナナリーが良いなら、良いけれど。
 子供に拾われたドングリよろしく、ルルーシュ自身KMFの手に乗って移動や演説を行ったために、よくわかる。
 当然といえば当然だが、KMFの手の上は安定性が良くない。なのにしゃがんだり立ち上がったり決めポーズをつけたりしていると、強風に吹かれて大変危ないのであった。
 ついでに、マントのせいか余計に風にあおられバッサーと飛んで行きそうにもなった経験が、彼にはあったりする。
「ナナリー。色々と、待っておくれ。とりあえず、今この状況でそんなことを言っている場合ではないのは理解してくれているかな?」
 笑顔のシュナイゼルが、車椅子を掴んでいた。
 えぇ、と少女はゆったり頷く。その上で、口を開いた。
「うふふふふ。シュナイゼルお兄様ったら。あのラにゃにゃあタみたいなお城だけにしてくださいな、冗談は。いい加減にしろ? この駄目兄貴」
 語尾にハートマークというよりも、むしろ流れ星さえ付きそうな言葉に。
 ピシリ、と誰もが固まる。
「ではお兄様。ナナリーが参りますので、少々お待ちくださいませ。嗚呼、それからスザクさん?」
『イ、イエス・ユア・ハイネス!』
 わざわざフェイスウィンドウを割り込ませて、顔面蒼白というか緊張をさせたスザクが、小さく画面の隅に映る。
 声が聞こえたのに鷹揚な頷きをし、少女はにっこり言い切った。
「お兄様の足を舐めたかったら、まず私を倒してからになさいこの駄犬。私についた嘘誤魔化しその他もろもろ、清算の時を差し上げる私の慈悲に感謝して五体投礼をする許可を与えて差し上げましょう」
 では、今すぐそちらへ向かいますね。
 笑顔のまま一礼され、通信は途切れた。
 しばらくの沈黙の後、唐突に繋がれた映像は、荒れ果てた一室らしき残骸だった。
 置き土産にハドロン砲でもかましていったのだろうか。文字通り、惨状という言葉が相応しい。
 カメラが転がって、勝手にスイッチが入っただけなのだろう。
 バタバタと走り回っては事態の収拾に乗り出そうとするシュナイゼルやコーネリアの姿は、はっきり言って滑稽で仕方がない。
 脱力気味のルルーシュの目の前に、半分を割く形でウィンドウが現れる。
 自身の騎士を見て、先ほどの小ささはなんだったのか問いたい気分に駆られたが聞く前にスザクが口火を切った。
『………ルルーシュ』
「なんだ」
『逃げていい?』
「なんでだ?」
 素で言い返す主君に、スザクは涙を流す。
 さしものC.C.も、同情してやろうかとさえ思うほどその姿は情けなかった。



***
 あの空中要塞見て、思わず「らぴゅ(ピー)」と突っ込んだのは私だけじゃないと信じたい。
 そしてこの通信を見ていたロイドさんは、大爆笑してくれているのです。(妄想はタダ


百万光年離れてたって!




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