警備員に周囲を固められて、やってきたのはクラブハウスの生徒会室だった。
 流石に唖然とするリヴァルとニーナを気にもせず、ロイドはひらひらと手を振って警備員を追いやる。
 彼らもわかっているようで、一礼するとあっさり去っていった。
 なんとはなしに、学生二人がそれぞれ自身がよく座る椅子を引いて腰をかける。
 居心地悪そうなニーナは、恐る恐るロイドへ視線をやった。
 ん? とばかりに笑って小首を傾げる相手を見るや否や、すぐさま顔を俯かせる。
「………あの」
「なんだい?」
「会長の、婚約者ですよね。ロイド伯爵……」
「もう皇帝陛下が貴族制は廃止しちゃったし、その前にミレイとの婚約は切れてるけどねぇ」
 軽やかな声を気にしない様子で、じっと見つめてくるリヴァルになんだい? とロイドは頬杖をついて問いかけた。
 まっすぐな視線が、ロイドはあまり好きではない。
 そういう、真人間がいることを自覚するのは、壊れた人間を自負する彼にとってあまり救われることではない。
 それでも問いかけに応じたのは、彼らがあまりにも学生として世界を知らず、けれど皇帝であるルルーシュを知っていると判断出来たためだろう。
「なんで、ルルーシュの奴と一緒にいるんですか。憎くないんですか。既得特権を、奪われて」
 エリア11、否、日本はブリタニアにとって安全な場所とは言えなくなった。
 今、続々と本国へ戻っている人間がいるのは殖民エリアでブリタニア人への暴行が激化しているためだ。
 このアッシュフォード学園は、ナンバーズを蔑視する傾向が弱かったためにあまり石持て追われていることはないが、それでも立場が逆転したように租界をもうろつくことは警戒心無しには出来なくなってしまったのは事実である。
 その原因は、間違いなく全エリア解放に乗り出したルルーシュのはずだ。
 爵位を持つ貴族なら、なおのこと既得特権を奪われて憎いはずではないのか。
 問いかけるリヴァルの瞳は真剣だった。
「んー。ボク、あんまり貴族っぽくなかったからぁ」
「ご実家、どうなんですか。先生の……」
「本国だからねぇ。それなりに物騒なこと企んでるみたいだけど、あっはぁ! ボクが皇帝陛下側についてるのを知って、いらいらしてるみたいよぉ?」
 他人事のように生家を語る男へ、わけのわからない不安感が押し寄せてくる。
 だが、それを押し殺してリヴァルは話を続けた。
 フレイヤを開発した恐ろしさを思い知ったニーナは、研究班から逃げ出した。
 シュナイゼルは追いかける仕草を見せなかった代わりに、あらゆる国家の追跡の手を阻むこともしなかった。
 それが、答えなのだろうとニーナは自身の立場を知る。
 皇族に近かったとはいえ、一介の研究員でしかない彼女が知っている事実は限られている。
 まして、ここ一ヶ月以上彼女は学園の地下で匿われた生活しかしていない。使える情報は、ないだろう。
 だからこそ、二人は必死で現状についていくべくロイドから話を引き出したがっていた。
 なにかに近づくには、もうここしか糸口が見つからないのだ。
「ルルーシュの奴、なに考えて……。超合集国に参加って……」
「本国に、まさかのこのこ他国のトップが乗り込んできてくれると思っているわけじゃないだろう? ここは幸い中立地帯、まぁ、アッシュフォード学園を選んだのは陛下の郷愁の念だろうけどね」
「郷愁? だって、ルルーシュの奴、俺のこと見もしないで………!」
「それに、リヴァルが殴られそうになった時、助けてくれなかったし」
 友達だなんて、もう思っていないんじゃ。
 呟いては消沈する二人に、にこにこと笑顔を浮かべたままロイドは下らないと断じた。
 言葉に、リヴァルが色めきだって立ち上がる。
 キャスターのついた椅子が、ごろりと後ろへ下がった。
「だぁって、もしその時陛下が君に手を振って、君に応じたとして、なんか変わるの?」
「それは………」
「今あの方は、なによりの均衡を求められている。同窓であったにせよ、ブリタニア人と友達だとして、それが他の元・ナンバーズの悪感情に響かないって、言える?」
「でも、それなら、ブリタニア人からだって嫌に思われるんじゃあ……」
「無いね。だってあそこにいた多くは日本人で、君らのことなんて興味も無い。報道された形跡もないよ? 一応、全部のニュースチャンネル押さえてあるけど、見てみる?」
「………いいです」
 ゆるく、リヴァルは首を振った。
 そんなことが無意味なのは、わかっている。
 けれど、空しいし悲しい。友達だと思っていたのは、自分だけだったのかと。
「それにもし君が陛下の味方だと知られたら、きっと君は利用されるか殺されるかのどちらかになっちゃうだろうからね」
「え……」
「なんだ、裏切った、とでも思ってた?」
 図星を突かれて、言葉が出なくなるリヴァルにロイドは笑いかけた。
「あの人の強行政治はわかってるでしょ? それでなくてもあっちこっちで陛下を認めない貴族が内乱を起こしてる。そんな彼らに、君らが見つかったら。あっはぁ! 少なくとも、誘拐くらいはされて取引に使われるだろうねぇ」
 身内を切り捨てる王か、それともたかが身内に揺らぐ王か。
 どちらにしても、印象と心象を悪くする準備は出来ているに違いない。
「だから君らに、親しみを篭めたものを見せるわけにはいかなかったんだよ。そりゃあねぇ、あれだけ利用されて売られて利用されてを繰り返してたら、流石の陛下だって学習するよねぇ」
 へらへらと笑うロイドだが、内容は陰惨だ。
 なにも、それが即位してからのことではないと彼らだって理解できる。
 利用されて、売られて、利用されて。それを、繰り返してきた。―――自分たちの、知らないところで。
 彼は戦っていた。
 気付かせないようにしていただろうとはいえ、気付かなかったのは自分たちだ。
 なのに今更、彼が表舞台に出てきて、それを知ったとはいえ、どうしてと詰るのは―――。
「理不尽、デショ?」
 内心を読んだように、ロイドが笑った。
「陛下がニーナ君を手元に置きたかったのは、君がフレイヤを一番知ってるだろうから。シュナイゼル殿下のことだからねぇ。首都にフレイヤを落とすくらい、するだろうし」
「そんな! 帝都には、何十万もの人が!! 関係ないのに!!」
「うん、でも切り捨てるよ。あの人は、そういう人」
 君も切り捨てられたクチでしょ? あっさりと言われれば、ニーナの喉が鳴った。
 顔面蒼白になるけれど、泣き出すことはしない。
「じゃあ、俺は?」
「君はちゃんと、そのままにしておけって。陛下のご意思」
「俺は、関係ない………。ってことじゃ、無いですよね」
「うんうん。頭の良い子達で、会話が楽だなぁ。そうだね、陛下の意図として言うなら、安全なところで保護しておけ。って感じじゃなぁい?」
 ニーナと一緒のところを確保してしまえば、捨て置くという体裁をとっていたとしてもやりようはある。
 だからこそ、ロイドをあの場に置いたのだろう。
「ルルーシュの奴……」
「ん?」
「自分の心配しろってんだ。これで合集国入りが駄目になったら、アイツめちゃくちゃピンチなんだからさぁ……」
「あっはぁ〜! いいねぇ、君」
 まともだねぇ。この場でそんなことが言えるのは、まともな感性の証拠だよ。
 ぐしゃぐしゃと頭を抱えていたリヴァルに、かかるのはそんな言葉で。
 楽しげに笑う科学者に、流石に少しばかりむっとした顔で反論した。
「友達心配すんのに、なんかおかしいですか」
「いいや、ちっとも。そんなんだから君らを守りたいんだろうね、ルルーシュ陛下は」
 嗚呼楽しい、とばかりに、ロイドは笑っている。
 リヴァルとニーナは顔を向け合って、疑問符を浮かべているけれど彼は構わない。
 こういう、一時があったからこそ"あんな答え"に到達出来るのだろう。
 全ての終焉の目的を知っている彼は、けれど二人に告げはしなかった。



***
 ロイドさんは、ニーナとリヴァルを保護してくれてると信じてる。
 そして、ニーナはともかくリヴァルは友達でいてくれていると私信じたい。(希望


友情行進曲




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