正直、魔女にはどうだっていい話なのである。 世界が滅ぶ? 滅べばいい。 世界を滅ぼす? 滅ぼせばいい。 世界を作る? 作ればいい。 世界を騙す? 騙せばいい。 世界が壊れる? 壊れたままにしておけ。 正直、魔女にはどうだっていい話だ。結局彼女は、どこまでいったって魔女でしかない自らを自覚していた。 ルルーシュが願ってくれた死への渇望は、彼女の中でやわらかく羽に包まれて眠っている。 願ってもらえただけで、良かった。満足があった、充足感に満たされた。誰も、本当に受け入れてくれるかすらわからなかった、愚かな自分に、必死で手を伸ばしてくれた男のことだけがC.C.にとっては気がかりで。 だから、それ以外のことは割りと本心からどうだって良かった。 魔女が不機嫌をあらわにしているのは、魔王の行動の過程も結果も全て知っているからだ。 共犯者と名乗っていたくせに、ある意味騙し続けていた自己嫌悪もあると指摘されれば、否定はできない。 だが、それ以上に魔女は男を愛していた。愛は恐らく、同情と同調と親愛を少しずつかき混ぜて罪悪感と親心をプラスしたような感情だっただろうが、愛は愛だ。 愛している者を無遠慮に傷つける存在を許してやるほど、女は生ぬるい根性を持ち合わせていない。 なにしろ女は、魔女なのだから。 「好きにしろ」 平然と、魔女は以前とはまるで反対の白い衣装に身を包んだ男の前に立って冷笑した。 顔色の悪い男は、それでも何を言うのかとばかりに女の顔を伺おうとしている。 けれど断固として、彼女は共犯者へ自身の顔をうかがわせることはなかった。 「それは、どういうことですか」 「文字通りだ。ルルーシュを追い落とし、コイツの世界を奪って、お前が世界に君臨したいのだろう。好きにしろ」 「ッ! C.C.!!」 ナナリーへの暴言に、ルルーシュが声を荒げる。 掴まれた肩が痛かったけれど、女は無視をした。こんな時ばかり、力を発揮する。 考えてみれば、ルルーシュは筋力がなかったわけではない。 最低限しか咲世子に任せることをせず、ナナリーの介助を幼いころから七年間。欠かさず続けてきたのだから、当然だ。 この男は、いつだって自分のためには必死にならないくせに誰かのためには必死になる。 呆れ果てて、募るのはやはり愛だった。 「お前は王に何を求める」 「―――やさしさを」 一拍とも取れぬ間の後に、告げられた言葉にC.C.は肯定も否定も賞賛も侮蔑も浮かべなかった。 ただ、金色の瞳を細めるだけだ。 「簒奪者が簒奪されるのは、致し方ない。そうだろう? ルルーシュ」 「C.C.! 俺はなにも」 「うるさい。何も出来ないくせに」 ナナリーを出されるとは、ルルーシュにとってはそういうことなのだ。 四肢をもがれ、口を封じられ、目だけは見開かされて現実の直視を否応無くさせられる。 「裏切り続けの男も、ルルーシュに忠節を誓う男も、お前にはいらないだろうから連れて行くぞ。どうせこれから、物騒になるんだ」 ルルーシュを守る盾くらいにはなるはずだ。さぁ行くぞ、きりきり動けなにを放心している。 拘束衣の魔女が、顎で示して男たちを動かそうとして。 コン、と、テーブルに指先をひとつ突くことで男はそぞろだった意識を全て自身へ集めることに成功させた。 「どういうことかな?」 「文字通りだ。言葉通りか? お前たちの好きにしろ。コイツらは私がもらっていく。世界を支配するなり、壊すなり作り変えるなり現状維持につとめるなり、好きにしろ」 「それは、世界を見捨てるということかい?」 「勘違いするな。元々、これは茶番だ。お前だってわかっているだろう、シュナイゼル。そこにわざわざ茶々を入れにきたお前が、何を言う?」 「易々と舞台から降りるものだね。ここまで来るのは、大変だったろうに」 「大変だったのは、お前の弟一人くらいなものだ。ナナリーは基本的にルルーシュに守られ愛され慈しまれてきていただけだし、こっちの馬鹿犬は裏切り続けて主君をホイホイ変えて出世してきただけだし、こっちのオレンジ男は軍から齎される情報を鵜呑みにして探しきれずにあきらめてわけわからん方向に爆走していただけだしな」 歯に衣着せぬ魔女の言葉に、カノンが感慨のこもった拍手をした。 当然だろう、と笑う姿が正しく魔女だ。 「苦労していたのは、まさかルルーシュ一人だとでも?」 「人間大なり小なりの苦労は当然だろう? だが、お前だってわかっているはずだ。たった十の子供が、いくら援助があったとはいえいつ切り捨てられるとも知れない家で妹守って育てあげてきたんだぞ」 苦労の一語で、表せるものでもあるまいよ。 あきれたような口調を被っても、ナナリーがそれでも前を向いていた。 直ぐに、フォローのようにC.C.がルルーシュの趣味のようなものだから構わないのだろうがな、と続ける。 「世界がルルーシュを追い落とすなら、私が世界からこの男を貰い受ける」 「いつ反旗を翻すともしれない相手を、見逃すと思っているのかな。魔女」 「黙れよ小僧。いい加減、その虫唾の走る仮面を外せばどうだ、鬱陶しい。誰かのためを謳うな若造、己のためだと、己の欲望のために利用するのだと、せめて踊ってみせろよ若輩者が。そんな覚悟も決意もないくせに、世界を手に入れようだなんてちゃんちゃらおかしい。しかも、認められぬと私の共犯者にして愛しき魔王に手を出すか? やってみろ、私は嘆かないぞ。この世の全ての人間が死のうが、ナナリーが死のうがアッシュフォード学園が取り潰され全ての学生が殺されようが、馬鹿犬が拷問にかけられようがオレンジが地獄より惨めに滅びようが、それによってルルーシュが壊れてしまおうが」 私は嘆かない。 貴様の手の上では、踊ってやらない。この世で唯一、私だけは。 「私にも、君のような共犯者がいればなにか変わったと思うかい」 「ハッ、まさか。私にだって、選ぶ権利はある」 毅然と冷笑を浮かべて、ルルーシュの細い手首を引く。 「君ともっと前に、知り合いたかったな」 「その薄っぺらい仮面を外して、もっとマシな誘いを思いついたら再戦を受け付けてやるよ、小童」 力任せにぐい、と手首を引いて部屋から追い出すと、すぐにC.C.自身も閉まる前に扉から滑り出た。 魔女の本心からの苛立ちにあてられて、放心しかけていたスザクやジェレミアも後に続く。 ナナリーが、肩を上下させて息を抜いた。カノンも手を握り、開く運動をする。 一人シュナイゼルだけが、悠然と笑っていた。だが瞳には、残念そうな色があった。 「残念だな。少し」 「殿下?」 「彼女のような人が、傍にいてくれたら少しは面白くなっただろうに」 うっすらと、シュナイゼルは笑って。 嗚呼、退屈だと、仄かに彼はつぶやいた。 *** やりたかったのは、シュナイゼル兄上を子ども扱いするC.C.様。 ナナリーは傀儡で終わるよなー。シュナイゼル兄上が後見についたら。 |