ぶつけられた質問に、ルルーシュは目を瞬かせた。
 服をせっかく新調していたくせに、結局舞い戻った拘束衣に身を包む女を見つめる。
 けれど彼女は気にもせず、顎でこたえろ、と示した。
 何故、今なのか。
 準備していたことを知っている。
 根回しの時間に一ヶ月しかかからなかったのは、なにもギアスの力が有能だからではない。
 ナナリーの融和政治は、細かなところでゼロにとっても有利な駒運びをしていた。彼が、少女を利用したとは欠片も思えない。
 強いてあげるならば、考え方の根幹が似ているせいだろうと魔女は判断した。
 兎も角、何故今なのか。
 女は、一ヶ月の間に六度も変えて七度目の仮宿を引き払う準備をしていた少年へ問いかけた。
「引き伸ばすにしても、これ以上はまずい」
 だからだ。簡素な答えに、一人で納得するなと不満が浮かぶ。
 少年は少し面倒そうにしながら、洗面台からいくつかの持ち物をまとめているスザクへ首を向けた。
 狭い家屋に、男女が三人。しかも若い。学生ほどであるし、実際二人は学生服だ。
 これで訝しがられないほうがおかしかったが、そこはギアスで物を言わせた。ルルーシュとC.C.だけならまだしも、スザクは目立ちすぎるのである。
 一ヶ月、隠れられたことのほうが大変なことなのだ。
 視線を追っていた女が、すぐに共犯者を見つめる。
「枢木スザクが原因か?」
「それもある。おいスザク、その歯ブラシもまとめて捨てろよ」
「わかってるよ。燃えないゴミの袋、やっぱりもうひとつ買ってくれば良かったかな……」
 一週間もいなかったのに、三人いれば生活ゴミはそれなりの量が出る。
 ぶつぶつと呟く幼馴染へ肩を竦め、ルルーシュは腕を組んだ。
 話す体勢に入ったことを知り、C.C.もまた金色の瞳をまっすぐに向ける。
「これ以上は、兄上の体勢が俺の手の打ちようが無いほど整ってしまう」
「シュナイゼルの?」
「嗚呼。俺が出て行くのを、手薬煉引いて待っているだろうからな」
「だがお前が出ていかなければ、シャルルもいないんだ。自動的に自分に転がり込む椅子だろう? お前だって、皇帝の椅子が欲しいわけでもあるまい。それに、シャルルの政治とシュナイゼルの政治では毛色が違う」
 少なくとも、現行の強硬な武力弾圧による政治はなくなるのではないか。
 問いかける魔女に、甘いと一言で彼は断じた。
 その上で、殊更やさしい声音で懇切丁寧に説明するべく指を立てる。嫌味だと、魔女はすぐにわかった。
「ひとつ。兄上は勝つためには自身が負けることも辞さない方だが、矜持を折ってまで屈してやるほど甘くは無い。二つ、転がり込んだ皇帝の椅子に対する不信感を、ひとつひとつ拭ってやるほど暇ではない。みっつ、面倒ごとを甘んじて受け入れてやるほど優しくは無い」
「……それと、お前が皇帝に立つことと、どう関係がある」
「つまりは、シュナイゼル閣下は、ルルーシュを皇帝に就かせたいんだよ」
「そういうことだ」
 割り入るスザクの言葉に、魔女が眉を寄せた。
 認める共犯者へ、続きを視線で急かす。
「俺が父上―――シャルル・ジ・ブリタニアを殺したと、大々的に言わせたいんだろう。その上で、ギアスを皇族にかけて俺を認めさせ九十九代目皇帝として椅子に座らせる。皇帝を殺した、簒奪者としてな」
「自身が簒奪者になれば、それは彼の今後に傷をつけることになる。泥のような汚れとして、一生歴史書に残る」
 けれど、簒奪者を殺してその椅子に座れば?
 英雄となるだろう。
 誰もが、彼の帝位に異を唱えないはずだ。
 そして有力な皇族、貴族たちはギアスの影響でシュナイゼルを頑健に認めない。それは、彼にとって処分する格好の材料となる。
 自分の反対派も一掃出来、名前は英雄として語られ、傷がひとつもつかずに帝位が手に入る。
 言うことなど、無いだろう。
「わざわざそんな計算に、乗ってやるのか? お前は」
「俺には俺の責任がある。権利は振るった。ならば、義務と責任を果たさなければならない」
「面倒な男だ」
「付き合え」
 短い言葉に、わかっているさと魔女は笑った。
 既にルルーシュの騎士となることを了承しているが、スザクはこの一件は何一つ笑えない。
 シュナイゼルの側には黒の騎士団がいて、恐らくジノやアーニャだけではない、他の存命のラウンズも彼に着くだろう。
 ジェレミアがわからないが、彼もまだ黒の騎士団と行動していると思って間違いは無いはず。
 ギアスで仲間にしても、本当の意味でルルーシュの味方は自分たちたった二人だけではないのか。
 否、自分だって、本心から、本当に、彼の味方でありたいのかわからない。
 ならば、彼の真実の味方はこの魔女一人。
 それで立ち向かうのか。国という"存在"に。何億といる、神聖ブリタニア帝国臣民に。
 今更ながら、ぞくりと肌を粟立たせた。
 結局止まることなんて、出来ないのだ。
 手の上だとしても、踊るしか術は無い。何故なら、世界の停滞を拒否したのは自分たちなのだから。
 責任は、取らないとな。
 笑うルルーシュの両目が、赤かった。


***
 なんで一ヶ月。とか思ったし、拍手でも言われたので。
 シュナイゼル兄上は外道なので、自分の手を汚すのが嫌だったとか。だったらいいなぁ、と。


策謀の季節




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