やわらかく、甘く、それでいて少し冷えたような女の声を、ルルーシュは口にしないものの気に入っていた。 鮮やかなライトグリーンの髪を首の中ほどで二つ結びにした彼女は、先日から彼が暮らす館のメイドとして入ってきたうちの一人だ。 ナイト・オブ・ゼロとして与えられた館は、肩書きに倣うように立派の一言に尽きた。 傍仕えの人間など誰もいらないと思っていたし、実際ナナリーさえいればルルーシュには良かった。 けれど、それだけでは済まされないのが彼の地位なのである。 ナイト・オブ・ラウンズに非番という日が設定されていても、心構えが解かれる日が来るはずもない。 任務がなにも無かろうと、彼の周囲には取り入ろうとする者、好奇心で近づいて来る者、敵愾心を隠さないもの、様々な人間が傍へ寄ってきた。 振り払えるだけならばまだ良いが、それだけではないのが貴族社会である。 結局、彼はささやかに自身の館へ招かざるをえない状況をいくつか作り出していた。 そうなると、必要なのは館を維持する者だ。 正直な話、ほとんど毎日執務室と仮眠室で生活しているルルーシュにはこんな館は必要なく、むしろ余程マンションタイプのもののほうが歓迎したかったほどである。 文句は飲み込み、彼は館を維持するための人間を雇い入れたのであった。 もちろん、素性はきちんと調べ上げた。ゆくゆくは、ナナリーと共に生活するつもりなのだ。下手な人間を、近づかせるつもりは無い。 一人はアッシュフォードからの推薦で決まり、もう一人この彼女に決まったのは単純な偶然である。 素性は謎、語る口調もどこか尊大。 けれど、見つめてくる瞳はまっすぐで偽りのないものだったし、呟く皮肉が高い教養を示していることは明らかだった。 ミレイや他のラウンズ達も、彼女のどこか異質さを感じさせる存在感に眉を寄せたけれど、ルルーシュは構わなかった。 裏切られるのも、売られるのも、見限られそうになるのも、全部体験をしたことだ。耐性はついている。 「なんだ」 「なんだ、は無いだろう? ほら、忘れ物だ」 「あ……。すまなかったな」 「昨日も遅くまで起きていたな。大丈夫なのか」 「それは、どういう意味だ」 すこしばかり不機嫌そうな様子で問い返せば、ふふん、と女が鼻で笑う。 言わせる気か? あと二秒、遅ければ確実に言ったであろう言葉を遮って、ルルーシュは手にした書類の一部を封筒へ入れると背を向けた。 「ルルーシュ」 「今度はなんだ」 「夕飯、なにがいい?」 「………お前、それはピザ以外を作れるようになってから言うべきだろう」 「失礼な。ピザを馬鹿にする気か? 肉と野菜と動物性たんぱく質と油と粉物が一緒に取れる、まさに至高の食べ物だぞ。あれは」 「そう考えているのは、この世でピザ屋とお前だけだ」 否、ピザ屋だって、まさかここまでピザを信奉する女がいるとも思うまい。 カロリーを割り出せば恐ろしいことになりかねないピザは、好むものもいると同時にダイエットの敵としてあまりにも有名である。 嘆息を吐いて、ルルーシュは扉を出た。 礼をして見送ることもしない。咲世子であれば、かならず自身が見えなくなるところまで一礼したまま動かないというのに。 彼女はそれすらしない。 けれど、ずっと立ってみていてくれる。視線をそらすことも、伏せることもしないで。 自分の姿が見えなくなるまで、ずっと。 すっと、傍にいてくれるように、見守ろうとしてくれている。 見た目が同じでも、彼女の精神がひどく老成していることをルルーシュは気づいていた。 けれど、少年は何も言わない。 無遠慮なまま彼女に触れたら、途端に壊れてしまう。皮肉ばかりの魔女に見せて、そういった類なのだろうとうっすら感じていた。 だからルルーシュは、何も言わない。 時折切なそうにするのも、時折詫びるように見つめてくることにも、わかっていてもなにも。 並び立つには、自分には大切なものが多すぎた。 ―――嗚呼けれど、魔女。自身を魔女と嘲弄する、女よ。 僕は君の名前を、心底から美しいと思うのだ。 呟きは、きれいな光を保ったまま胸に宿っていた。 *** 遡って、ルルがゼロになって少ししたくらいの時間軸。 十二か十三歳、くらい? ナナリーはまだリハビリのために病院生活です。 |