吐息ひとつでだって、間違えるはずがないのに。 蜃気楼の中で震えるルルーシュの傍に浮かぶ、ランスロット・アルビオンとサザーランド・ジークに乗る二人は主君の反応が恐ろしかった。 「ルルーシュ?」 呼びかけに応えない。もう一度、スザクが通信で話かければ、震えるような泣きそうな声が掠れて返ってきた。 けれどそれだけだ。 ぎゅ、とスザクは思わず眉を寄せる。 ルルーシュを少しでも知っているなら、絶対に彼女を抑える。 自分がそうだった。だから、この行動はよくわかるものでもある。 『我が君。お下がりください』 オレンジ色の機体が、蜃気楼の前に踊る。 主君を守るように盾になる姿は、しっくりと馴染んでいた。 『だ、駄目だ! やめろ! ジェレミア!!』 『しかし!』 『命令だ! あの子に危害を加えるな!!』 沈黙が、肯定だった。 ジェレミアとて、本心ではないのだ。彼にとって、主はマリアンヌだった。 彼女亡き今、ルルーシュとナナリーはあくまでも護るべき存在であり害するものではない。 けれど、選ばなければ護りきれないこともわかっている。 スザクは唇を引き結んで、前方を睨み付けた。 ガウェインの量産型、ガレスから放たれる声を聞き間違えるはずがないのは、彼も同じなのだ。 『シュナイゼル宰相閣下! これはどういうおつもりか!!』 対峙していたジノでさえ、非難を露にする。 当然だ。彼とて、少女のことをよく知っていた。 穏やかで、平穏を愛していて、物静かに笑う、花のような。 皇族であることが、不似合いだと感じてしまった少女。こんな戦場に、一番似つかわしくないはずの存在を。 どうして、引き出してきたのか。 怒りよりも憎悪が沸く。確かに戦争とは、手段を選ばない最も粗野で野蛮で乱暴な外交手段である。 だからこそ、守らなければならない矜持も同時に存在し、確立させなければならないのだ。 これは、そんな尊厳を平気で踏み躙る行為だ。少なくとも、ナイト・オブ・スリーの誇りはこんなものを赦すつもりはない。 『どういう、とは、ご挨拶だね』 彼女の願いを、私は助けてあげただけだよ。 穏やかな口調だけは貫いて、シュナイゼルはアヴァロンよりオープンチェンネルでフェイスウィンドウを展開させた。 蜃気楼内、いっそ哀れなほどにルルーシュが肩を震わせる。 いくら尊大にみせようと、傲慢にみせようと、彼の本質は優しい少年でしかない。 戦略の読み合い、戦術の構築、交渉の攻守。 どれをとっても、彼はシュナイゼルと同等といっても過言ではないだろう。 けれどたった一つ。 いっそ、絶望的なほどに違うものがあるのだ。 ルルーシュはこれ以上ないほどに甘く優しく、対してシュナイゼルは優しくなどない、という歴然とした違いが。 『ご挨拶を忘れてはいけないよ。ナナリー』 絶望の名前をシュナイゼルはにこやかに呼んだ。 もしかしたら、希望であったかもしれない。 傾きは等しく、どちらにも向いてはいない。 『……おにいさま』 呟かれる震えるような声音に、今度こそジェレミアとスザクは顔色を失くす。 この場から、逃げなければ。 思っているのに、身体が動かせないのは自分たちも同じだった。 幻だ、幻聴だ、嘘だ、こんなもの。 目の前の事実を否定したがって、並べ立てるけれど歩みを止めることをやめた世界は停止することを赦さない。 『スザク、さん………』 「ナナリー………」 ナナリー。 唇で、呼んだ名前。 殺してしまった、失ってしまったと思っていた少女が、生きていたのは喜ばしいけれど。 手放しで喜べない戦場。 『どこまで………、どこまで、あなたは………ッ!!』 血を吐くような声音のルルーシュに、彼の義兄は爽やかに微笑んで見せる。 人畜無害のようでいて、どこまでも目的のためならば手を汚せる彼は真実、実力主義国家ブリタニアの宰相で。 人間だ。 『さぁ、舞台は整った。君があのまま降りるならば、そこで終わっていたはずの舞台がね』 一流の指揮者とは、つまり全て舞台を整えることを専念するもの。 そのための演出に気づかせず、策を飛び出しても舞台から降りてもそこが舞台だと気づかせず。 整えた舞台で、躍らせる者。 空中で静止する者ばかりのなかで、ガレスからこぼれ落ちる少女の声が兄を呼んでいる。 戦場に似つかわしくない、か細い声が空を砕く。 *** シュナイゼル兄上のカードは、ルルがゼロでありギアス持ちだということ。 彼と対峙するのに、ナナリーというカードが消えたままにしとくのはいくらなんでもないかなぁ、と思ったので。(あんなわかりやすいワイルドカード、私だったら利用するために残しておく |