どう声をかけて良いのかわからず、ジノは結局衝動のまま口からついて出る声に任せた。
 喘ぎかける喉を殺して、口を開く。
「ッ、ルルーシュ!」
 先輩、ではなかった。当然だ。自分の先輩は、ルルーシュはルルーシュでもルルーシュ・ランペルージというのだから。
 陛下、ではなかった。当然だ。自分の主君は、シャルル・ジ・ブリタニアであって、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアに忠誠を誓ったことはない。
 だから、彼を、彼として、呼ぶことしか、ジノには出来なかった。
 ゆったりと振り向いて、仕方なさそうに笑う紫の瞳に動揺が走る。
 けれども波立つ感情を綺麗に無視して、彼は睨み付けた。
 一歩遅れたところを歩くスザクが、彼の敬意無き行動に眉を寄せる。不快を示す表情のまま、口を開けば制したのはルルーシュだった。
 お前だって、変わらないくせに。
 ひそやかな笑いが、やけに静かなホールに響く。
 アリエスの離宮は、確かにヴィ・ブリタニアの三名を主としていた宮だ。
 だから、元いた宮に彼が踏み込むのは可笑しくなくて。
 むしろ、忠誠も誓わず、敬意も持たず、ただ地位としてナイト・オブ・スリーの身である自身が此処にいることこそ可笑しいのだと、理解はあった。
 行動には、結びついてくれなかったが。
「どうした? ヴァインベルグ」
「………あなたは、本当に………」
 皇帝陛下を、弑逆したのか。飲み込みきれず、問いかければ、ただ首肯が返された。
 足の一歩に力が篭る。
 踏み込んで、銃を打ち込むのに、きっと自分ならやれる自信があった。
 スザクの視線が鬱陶しいが、構うことは無い。
「それで満足か、スザク」
 ゼロを売ってラウンズに入って、ユーフェミア第三皇女殿下の騎士だったくせに主を変えて、皇帝陛下の騎士であるのにシュナイゼル宰相閣下の軍門に下ろうとして、結局選ぶのが皇帝を弑た男の騎士。
 どれだけ恥知らずな真似をすれば、気が済むのか。
 胸中を怒りで煮えくり返す気分でにらみつければ、帰ってきたのは簡素な言葉だった。
「手段を選ばなくなっただけだ」
「……本当にお前、プライド無いよな」
「プライドだけで生きていけたら、苦労しないよ。ルルーシュ」
「自分の美学も持たない人間が俺の騎士か。早く死ね。うんざりする」
「護身の術を持たないくせに、よく言う」
 呆れ果てた声が、ルルーシュからこぼれ落ちればスザクが軽く乗った。
 だが、ジノは目の前の光景に既に理性が飛びかけている。
 主君に早く死ねといわれる騎士が、どこにいるというのか。
 そんなものでは、ないはずだ。
 ましてナイト・オブ・ラウンズ。皇族を抜かすならば、神聖ブリタニア帝国において最上の誉れとされる地位。
 特別枠として作られた椅子に座らせた主君からとは、到底思えない発言である。
「ジノ・ヴァインベルグ卿」
「………は」
「畏まることは無い。私は、貴公の主を殺した憎まれるべき存在。貴公が私に礼を払う必要は無い」
「ですが」
 それは、皇帝という存在に対する反逆ではないのかと。
 様々な感情を飲み下して、重苦しく呟けばほう、と感嘆の熱がルルーシュの赤く咲く口唇から零れ落ちた。
「聞いたかスザク。これぞ騎士としての正しい姿だぞ。お前本当に、クルーミー女史とジェレミアから人間としての生き方を教わって来い。まずは其処からだ。お前に色々高度なものは求めないから、最低限をだな」
「ジェレミア卿はともかく、それはなに? 僕に死ね、って言いたいの? 遠まわしどころじゃなく、君、殺意ですごく楽しそうな目をしてるんだけど」
「この間から思っていたが、少しは意図を探るということが出来るようになってなによりだ。成長したな、ゾウリムシ」
「成長してそれ?! 僕どれだけ君のランキングの底辺彷徨ってるんだよ!」
 軽く叩かれあう口調が滞りなく進むのは、慣れというより本心からのようだった。
 言うルルーシュも相当だが、言われ慣れしているのがありありとわかるスザクも明らかに問題である。
「ジノ」
「………はい」
「見捨てて、いいからな。俺のことなんて。ビスマルクにも言ってあるんだ。着くなら、兄上に着け。そっちのほうが、良いだろう」
「陛下………?」
「俺になんて、忠節を誓ったら駄目だぞ。お前まだ若いんだ。学園でもモテていたし、お祭り騒ぎならミレイ会長……いや、もう会長じゃないが、彼女になにか言えば、企画立案くらいしてくれるだろう」
 不敬を承知で、顔を上げる。
 紫色の瞳に浮かんでいたのは、愛だった。
「俺が父上を殺したのは本当。俺が皇帝の地位を奪ったのも本当。俺がスザクを騎士にしたのも本当。俺が兄上と敵対したのも本当。仕えるなよ、こんな男に」
 有能なんだから、仕えるな。俺なんかに。
 力で奪い取った地位に、膝を屈するなよ。ナイト・オブ・スリー。
 笑って、話は仕舞いだとばかりにスザクへ目で促すと歩いていく。
 追ってきてかまわないという許可はなかったため、ジノは後を追えなかった。
 彼は、全部認めていて、それでも笑ったのだろうか。
 ならばどうして、見捨ててかまわない、なんて言うのだろうか。
 シュナイゼルに着く気は、実を言えばあまり起こらない。
 彼とてクーデターを起こしかけ、実際ルルーシュが着かなければ彼こそが皇帝陛下を殺していただろう。
 だからといって、ルルーシュに着きたいとも思えない。
 それをするには、彼はあまりにも不審過ぎた。
 明日へと向かって時間はひたすらに走っていく。立ち止まることも出来ない。
 迷っている間に、置いていかれている。
 世界は、ぐるぐると急ぎ足で明日へ向かって走っていって、振り返ってすらくれない。



***
 ノネットさん、リア姉様がいるからやっぱりシュナイゼル陣営かなぁ……。
 ところでオレンジよ、お前の主君が皇帝の椅子座っているのにどこでなにしてんだ……。


春に這う




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