少女からこぼれでた、言葉は冷たかった。
氷のように、あたたかかった。 毅然とした表情は、王だった。 彼女もまた、皇だった。 「嘘は、罪でしょうか」 底冷えするほどに、少女の態度はカリスマに溢れていた。 喜ぶべきはずだ。 彼女は日本の象徴。彼女さえいれば、日本は日本という形を求めるがままの独立戦争を謳っていられる。 けれど扇の背に流れ落ちるのは、冷たい汗だ。 全身の毛穴からいっせいにあふれ出すそれを、止める術を彼は持っていなかった。 「裏切りは、罪でしょうか」 抑揚は少なく、淡々としていた。 理解を求められる。などと、最初から期待していたわけではない。 なにしろ、蔑ろにしたのは自分たちである。怒られることは、理解していた。 だが、自分の認識が甘かったことを彼は知る。 終局、彼らに足りなかったのは自覚だったのだろう。 組織の一員としての自覚、組織の最高幹部に名を連ねているという自覚。そこに付随する義務、責務、認識。 元を正せば、ただのテロリスト。 彼らにその認識が、浸透していなかったのは仕方のないことかもしれない。 「騙し、騙ることは、罪でしょうか」 まっすぐに見つめてくる視線から、逃れようとしても逃れられない。 少女の瞳は強く、強く。 見つめてくる威圧感だけで、身動きを封じられてしまう錯覚にさえ陥った。 「嘘を、真実を言わぬだけの言葉と、言い換えることは罪でしょうか」 たとえば、明らかにブリタニアの軍人である女を、匿っていたことは。 いつか、話を聞きだすために部屋に軟禁していたと、言い換えることは。 「裏切りを、ただの優先順位の違いと言い換えることは、罪でしょうか」 ゼロの存在よりも、彼が為した様々な奇跡よりも、敵であったはずのシュナイゼルの言葉とそれに沿うようなブリタニア貴族の言葉を信じたという、優先順位。 「騙し、騙ることを、止めれば人はどうなるでしょう」 すべて真実を語らなければならないのか。 仮に冗談で言われたのだとしても、例えば今まで性交渉をもった相手の数でも、言えと? せせら笑う少女に、扇は言葉も出ない。 彼でさえ、すべてを語っているわけではない。 否、すべての事実や真実など、語れるはずもないのだ。 今まで経験してきたすべてを、覚えているのならば話は別だろうが。 「………詭弁だ、そんなの」 「えぇ、もちろんですわ」 わかっていて、申し上げておりますの。 神楽耶は、わらっていた。カレンはその笑顔に、見覚えがある。 中華連邦で開かれた天子の婚約披露。 その際、枢木スザクを前にした時の彼女とそっくりなのだ。 ぞっとする。 つまり自分たちは、彼女の中でそのレベルにまで堕ちてしまっているのだ。 「詭弁ですわ。子供の議論よりも、下らない」 下らない、あなた方。 冷えた声音。だが、それ以上に聞き捨てならぬというように顔をあげた扇の顔が固まる。 そこにいたのは、皇だった。 日本という国の象徴であることを、認めた少女。 そんな彼女が、たかが一人の女に振り回される男に臆するはずもない。 「あなた方が憤るのは、もっともなことでしょう。そしてわたくしが憤ることも、もっともなこと。まして、ゼロ様が憤っていらっしゃることも、当然の話」 「ゼロ……? あんなやつ」 「えぇ、あなた方がそのような態度ですから、事態は最悪な方向に転がるでしょうね」 嘆息すらつかない。 嘆く暇など、与えてくれるやさしい人ではあるけれど。 同時に、敵に対する態度を知らぬわけではあるまい。見つめたが、そこまで頭が回っていないのだと察せられれば頭の片隅で見捨てたいという呟きが漏れた。 「いったい、なんだって………」 「ゼロ様は、ブリタニア皇族、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだったのでしょう。ならば、彼が黒の騎士団を庇う必要も守る必要もありませんのよ」 それは。 ゼロという存在が、敵に回る可能性が一気に高まったということだ。 味方でいれば、どこまでも奇跡を運んでくれる存在だった。そんな彼が。 「まさか。自分で作った超合集国を、裏切るつもりか……?!」 「……ひどく私事で申し訳ありませんけれど、わたくし、自分を切り捨てて裏切り者として殺そうとしてくる方々に差し上げる慈悲は持ち合わせておりませんが?」 裏切りですらない。 彼を、黒の騎士団から追い出してブリタニアの側へ追いやったのは自分たち。 つまりは、自業自得。 「第一、裏切っただのなんだのおっしゃいますが、それは完全に自分側の判断ではありませんか」 ゼロ……。いいえ、ルルーシュ様からしてみれば、自分が今まで行ってきたことよりもシュナイゼル宰相閣下の言葉を信じたあなた方のほうが手酷い裏切り者のはず。 「ねぇ。どうぞわたくしの問いにお答えになってくださいな」 いつだったかの、中華連邦で向けた枢木スザクへの笑みと同じものを花のように浮かべて、皇は問いかける。 「裏切りが罪ならば、御自分の罪はどうなさるおつもり?」 *** 扇さん程度に説得出来るわけないじゃん。と、素で呟いてしまいました。(ひどい ルルは裏切っても嘘をついてもいなかったと思います。本心100%で人生駆け抜けろって、それなんて拷問? |