少女の目の前を歩く、鮮やかな緑の外套。 ブリタニアにおいて、この意味がわからない者などいないだろう。 外見は少年である。けれど、そんなものは関係ない。 超巨大国家で指折りの実力者のみが、許された外套。 後ろを歩く少女の肩にも、それはかかっていた。 少年と違い淡紅色の外套は、少女の髪色に合わせられたものである。 いささか威厳に欠けるようにも思われたが、少女は気にしなかった。気に入ったのか、渡された際ぎゅ。っと抱きしめたのが良い証拠であろう。 前を歩く少年は、時折振り向きながら快活に笑った。 「これでやっと私も、最年少の位置から脱出だ」 「そう」 「嗚呼。アールストレイム卿は、二番目に若くしてラウンズに入ったことになるな」 私が今まで二番目だったが、今回で三番目になった。 自分の席次と合わせれば座りが良い、と笑う少年に、少女は小首を傾ぐ。 二番目。 言葉にひっかかりは、否めない。 もうすぐ十五になるけれど、アーニャはまだ十四だ。異例の出世といえる。 それなのに、更に若い頃にラウンズ入りをした人間がいるとは驚きだ。 第一、彼女がラウンズ入りする際多くの者に"最年少でのラウンズ入り"を誉めそやされた。 快も不快もなかったが、情報としてはそれが正しいと思っていたのに。 無表情に見えて、表情豊かな同僚にジノは笑って頷く。 「そう。アールストレイム卿は二番目。今のところ、ルルーシュが史上最年少でラウンズ入りだから」 もっとも、彼の記録が抜かれることは無いと言って、次に浮かぶのが失笑だ。 「ルルーシュ?」 「アールストレイム卿も、すぐに会う。ナイト・オブ・ゼロのことだ。彼は作戦指揮官として、あちこち飛び回っているから」 前回の作戦では一緒だったが、ゼロは本国に戻ることなくそのまま旧アフリカ地域に飛んでしまったと肩をすくめる。 体力そんなにないくせになぁ。ぼやかれて、ますますアーニャの頭は混乱した。 ラウンズに入るには、軍人であることが第一である。 士官学校を出て、すぐに功績を挙げてラウンズになったアーニャやジノの体躯は一見そう屈強なものではないが、それでも体力や持久力が無いなどとはお世辞にも言われないし言わせない。 いくら世の中がKMFによるものに移行していこうと、軍人とはそういうものだ。 だが、件の"ゼロ"の体力の無さは彼の言葉では周知のようにしか聞こえない。 それは、ちょっと、軍人としてどうなのだろう。 疑問を浮かべることに、気づいたのだろう。ジノが、足を止めて振り向いた。 「ゼロの前で、体力の話と伸長の話は禁止な? 私が言っていた、と告げ口するのも無し」 「どうして」 「怒るとすごく、怖い」 怒られたくない。答えはシンプルで、わかりやすかったのでアーニャはこくりと頷いた。 満足と安心を混ぜたような表情をしてにっこり笑い、再度歩を進める。 「………ヴァインベルグ卿」 「私のことは、ジノと呼んでかまわないぞ? アールストレイム卿。歳が近いラウンズは、ゼロ以外にいなかったから嬉しいんだ」 同年代の友達を作る機会など、大貴族ではあるはずもない。 ましてそこに、ナイト・オブ・ラウンズの肩書きが加われば余計だろう。 まず、同年代の人間との接点自体が異様なほどなくなるのだ。 「……じゃあ、私も」 「ん?」 「アーニャでいい」 「呼び捨ててしまって、かまわないのか?」 「いい。ジノって呼んでもいい?」 「そのほうが嬉しい。じゃあ、よろしくな。アーニャ」 「よろしく」 短い会話のうちに、ようやっとたどり着くのがラウンズの談話室である。 重厚な扉をノックもせずに入れば、うげ。っと露骨に嫌がるジノ。 後ろからひょこりと顔を覗かせれば、メディアで見かける顔がいくつも揃っていた。 「どうしてナイト・オブ・ラウンズが勢ぞろいしているんだ。忙しくないのか、みんな」 「それはお前にも言えることだ、スリー」 ビスマルクが片目でちら、と見やってくるのを感じて、ジノは肩をすくめる。 自身の高い背に隠れてしまったような少女を、促して室内へ入れた。 一斉に注がれる視線にもどこ吹く風のアーニャに、口笛を吹きかけてドロテアの視線を感じあわてて踏みとどまる。 「アーニャ・アールストレイム。今日から、ナイト・オブ・シックス。………よろしく?」 最後のクエッションマークは、ジノに当てたものなのだろう。わずかに見上げられ、それでいいんじゃないかと彼は笑った。 「左から、ナイト・オブ・ワンのヴァンシュタイン卿、ナイト・オブ・ナインのエニアグラム卿、ナイト・オブ・フォーのエルンスト卿、は、知っているんだったっけ? それから、そっちで一番おとなしく座っているのがナイト・オブ・トゥエルブのクルシェフスキー卿で、隣がブラッドリー卿」 「エルンスト卿、お久しぶりです……」 「固くなるな、今日から同僚だ」 どんな関係なのかノネットが興味深げに聞けば、何のことは無い。 アーニャが所属していた中隊が、全滅しかけていた時に助けに入ったのが彼女ということだった。 「それで私が陛下に進言させてもらったのさ。第六世代よりも、良いものを与えてやりたかったしね」 重火器の扱いが、とにかく上手いのだとドロテアが感心した風に言えば、根っからの武闘派なノネットは目を輝かせている。 手合わせを、なんて言い出さないうちに紹介しきってしまおうとして、背後の扉が開くのを感じジノは肩越しに振り返った。 メイドならば絶対にノックをする。 誰もいないとわかっていようと、するのは彼女たち下働きの義務だ。 たとえ宰相であろうと、ある程度の敬意を以って遇されるのがナイト・オブ・ラウンズ。 ならば、扉を開こうとしてくる相手は決まったも同然だった。 「ルルーシュ。帰ってたのか」 「報告に行ったら、みんな此方に来ているといわれたんだ………、嗚呼、君が」 おかえり、ただいま。 そんな短いやりとりをすぐに切り上げて、ルルーシュの紫電が少女を見つめる。 無言の見つめあいを、破ったのはアーニャのほうからだった。 ざっくりと改造された制服のポケットから、取り出したのはかわいらしい形をした携帯電話だ。 目ざとく、モニカがキャリアと機種を連ねたが、生憎この場にいる彼女とアーニャ以外それが最新式の携帯だとはわからなかった。 一体どうするのか。思わず身構えたルルーシュを、唐突な光が襲う。 「な………ッ」 「記録」 もう一度、パシャリ。 すぐにデータを見つめる少女の顔が、満足げである。 「………あ、アールストレイム卿?」 「なに?」 「今のは………」 「写真」 「いや、それは、わかったが。何故、俺を」 「綺麗」 「は?」 「あなた、綺麗。記録したかった」 それだけ。言って、すさまじい勢いでキーを叩いていく。 送信。とばかりに最後のひとつを押すと、顔を上げる。やはり彼女の表情に、浮かぶ喜びの色は無い。 だがそれは表情だけで、放つ気配が満足げである。 「私、アーニャ。今日から、ナイト・オブ・シックス。あなたは?」 どこまでも、自分のペースを崩さない少女へ周囲がまた大変なのが入ってきたとばかりに笑っている。 ルルーシュはといえば、既視感に意識をくらくらさせていた。 彼が、ナナリーとユーフェミアに振り回されていたことを思い出すのは、ベッドに入った刻限で。 それまで、少女にじっと見つめられ続けていたのは、最早笑い話の域だろう。 *** アーニャが入ってきました。 あと二人、役者を出すべきか否か……。 |